第224話 じわりと熱を帯びる距離
因みに。
寝室は私達とジンで別れている。ジンは弟子用の部屋があるらしく、私とルフは客用の部屋なのだ。
「エルル。買い出しに行ってきます。少し量が多いそうで」
「分かったわ」
「おおきになあ。ルフはん」
そして。
ルフとレインが、ちょっと仲良いのだ。修行や仕事以外の時間に、よくふたりで居ることが多い。私と同じように街で働いているのに加えて、レインの家事を手伝っているのだ。
この買い出しも。普段の家事も。
私が協力を申し出ると断るのだ。そんな時だけ都合よく『姫』を持ち出して。
という訳で、手持ち無沙汰となった。ジンの様子を見に行くか、私も街へ降りて図書館なんかに行ってみるか。
「どうしたエルル。ぼうっとして」
「カナカナ。あれ、修行は?」
縁側でふらふらしていると、カナカナに声を掛けられた。いつもなら道場に居る時間の筈だ。
「今日は休みだ。レインも街へ降りたろ。あんた達の自主練もあってな。ジンはここ数日で魔法を受け過ぎだ。魔力侵蝕だよ」
「えっ! 魔力侵蝕!?」
「待て。落ち着け。あんたのみたいに酷くねえから。ていうか酷くなる前のストップだ。ニンゲンなんだから当然なるだろ。魔力侵蝕は」
驚いた。考えてみれば当然だ。魔力侵蝕とは、魔臓を持たない者――つまり魔素を体内で分解吸収・魔力に変換できない者が魔力を取り込んで起こる拒否反応だ。ニンゲンは、魔力への耐性が無い。魔法を受けると少しずつ体内に蓄積される。
魔臓とニンゲンの身体の両方を持つ私は魔法を使う度に深刻な侵蝕に侵されるけれど。普通のニンゲンだって、魔法を受け続ければそうなる。
そりゃそうだ。
「肉体も酷使し過ぎだからな。今日一日は寝とけって言ってある。心配なら見舞ってやれよ。喜ぶぞあのガキ」
「…………ええ。そうね。じゃあ私も、今日一日はジンの側に居ることにするわ」
「おう。布団、あんまり汚すなよ」
「えっ? どういうこと?」
「………………なんでもねえ」
◇◇◇
カナカナと話して、ジンの所へ向かう。普段、私が魔力侵蝕でお世話になっているんだから。今回は私がお世話をしなくちゃ。
「ジン。良いかしら?」
「エル姉ちゃん? どうぞ」
ドアではない、『襖』を開ける。簡素で広くない畳の部屋だ。布団の他には、丸い卓袱台と座布団のみ。寝るためだけの部屋。
ジンはそこに、上半身だけ起こして布団に入っていた。右手には、筋力鍛錬用の鉄アレイを持っている。
「魔力侵蝕と聞いて。気分はどう? 苦しくない? 熱は無いかしら」
するりと彼の左横に座る。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと身体がダル重いくらいで。全然平気だよ」
「あっ。私、近付いて良いのかしら」
しかし私からも魔力は出ていると気付いてぱっと離れる。
「大丈夫だって。ニンゲンと亜人は、一緒に暮らせるんだって。通常の生活の範囲なら、自然に亜人の身体から漏れ出る魔力を浴びても別に問題にならないんだよ」
「そうなの? 良かった」
そう聞いて、また座り直した。
「何か欲しいものある? お腹空いてないかしら。喉乾いていない?」
「ええっと。大丈夫だってば」
「何でも言ってね? 我慢しないで」
「……うん。ありがとう」
手が触れた。
熱い。
「本当に熱……」
「だ、大丈夫だって。姉ちゃん、ちょっと、近い……」
具合は悪くないだろうか。顔を覗き込む。座っていても彼は背が高い。見上げる形になる。
「………………」
「………………」
大きな身体。容易に体重を預けられる。
手は触れ合ったまま。冬なのに、じわりと汗が滲み始める。
「………………」
近い。




