第223話 成長を予感させる冒険者の顔
「エル姉ちゃんルフ姉ちゃん。ちょっと自主練付き合ってくれよ」
「良いけど……大丈夫?」
雪掻きの仕事を終えて道場に戻ると、既に泥だらけのジンに誘われた。
一日、修行をした後だ。
「風魔法との複合魔法で、目に見えない攻撃を捌く練習なんだけどさ。『魔力を肌で見ろ』って言われて。意味わかんなくて」
「なるほど。私も分からないわ」
彼はとても真面目で熱心だ。辛い修行をサボるどころか、自主練まで。
私達の為に。
ボロボロの彼を見ると、私も何かしてあげたくなる。私も、頑張らないとと。
「うーん……。いつもはどうしているの?」
「魔法は目で追ってるよ。でも、魔力は見えないじゃん。風も見えないし」
「……あ」
魔力は見えない。そうだ。亜人でも見えないのだ。エーデルワイスの血を受け継ぐ私は、見えるけれど。ルフにも、魔力そのものは見えない。
「え?」
「ちょっと立って、構えてジン」
「うん」
道場を出た先の広場(境内と言うらしい)で、ジンに構えさせる。私は少し距離を置いて、彼に向かって手を翳した。
「攻撃するわよ」
「うん」
ドン。
「!?」
それを腹に食らったジンは、衝撃によろけて2、3歩たたらを踏みながら後退した。
「……なに? 今の」
「魔力をぶつけたのよ。私にとってもこれは盲点だったわ。魔法に『成る前』の魔力。言われてみれば、圧縮やボムなんかで使っているのだから、相手に直接ぶつければそれだけで攻撃になる。しかも、『見えない』攻撃に」
速い。
いや、早い。
魔法になる前に撃ち出すから、いつもよりも射出と着弾が早い。
「……ルフ」
「はい。魔力感知に反応がある頃には既に着弾していました。これは……」
ルフにも確認する。彼女も再現しようと手を前へ突き出す。
「…………?」
ジンは構える。
けれど、何も発射されない。
私には見える。ルフの魔力の動きが。
「……できませんね。もう一度、ゆっくり見せて貰えますか」
「分かったわ」
魔力の弾。手の平大。それを直接、射撃する。
「うわっ!」
ジンは反応できずに食らう。
「どう?」
「……前提として、魔力圧縮が必要なのですね。圧縮した魔力を球状に固定化して、魔力操作によって撃ち出す。……これも立派な魔術ですよ」
ルフは、魔力の感覚を魔力感知に頼っている。私のように五感で感じることは難しい。けれど、コツさえ掴めれば、これはできそうな気がする。
「魔法にせずに魔力を放出……という感覚が大事だと思うわ」
「何となく分かりました。原点回帰。初めて魔法を習った30年前を思い出します。まずは簡単な魔力の知覚からでしたね。忘れていましたよ」
そう言って、ルフは目を閉じた。そうだ。見えなくとも、少なくとも自身の内にある魔力は知覚できる筈なのだ。亜人なら誰でも。
いつしか、便利な魔力感知に頼り切り、忘れてしまう感覚なのだろうか。
「……えっと。エル姉ちゃん」
「ええ。あなたも、体内には流れないけれど、当たれば魔力を知覚できる筈よ。だから、当て続けるわね。魔力の感覚を覚えるのよ。そして私は、この攻撃を極める。もっと強力に、もっと速く」
楽しくなってきた。これは、僥倖だ。こういう方法もある。
ニンゲンどころか亜人さえも認識できない純粋な魔力の攻撃。魔法攻撃ではない、その前の段階。
「エル姉ちゃん」
「お互い完成させたら。更に一段レベルアップしていると思わない?」
「!」
ジンの目付きが変わった。いつも私に向けてくれる優しい顔ではなくて。
明るい未来と自身の成長を予感させる、冒険者の顔に。
これなら、カナカナに勝てるかもしれない――
多分、今きっと、私も同じ顔をしている。




