第222話 わくわくする生き字引の呼び出し
「そうだ師匠。シャラーラって知ってる?」
「なんだ藪から棒に。そりゃ有名なデーモンだろ」
夕食時。
大きな卓袱台に、全員分の皿が並ぶ。ジンのだけ一際特盛で。レインがいつもご機嫌に運んでくるのだ。修行の合間に屋敷の家事を率先して行っているらしい。
皆で囲む食卓。椅子でない分、互いの距離が近いかもしれない。
「ここへ来る前、イレンツのラス港に寄ったのよ。私の友人で、エデン〜キャスタリアの移動時には寄るつもりなの」
「ほう。んで?」
私が説明する。カナカナは頷いて、再度ジンを見た。
「えっと。一度くらい先祖の旧知に会いに来いって。ヴァルキリーの子孫にって、言付かったんだ」
「ほう? 先祖の旧知だ? ヴァルキリー家の歴史は長いらしいことは知ってるが、デーモンと繋がりがあったのは知らねえぞ」
シャラーラは、魔導術の要である黒銀の説明の時に言っていた。ヴァルキリーという名前をジンから聞いて、懐かしがっていた。
けど、ヴァルキリーの人は、もう忘れてしまったのか。
「ふーむ。そもそもな。魔界でのニンゲンの血ってのは容易く絶えるもんだ。魔族による奴隷制度が魔界中で横行してる。今もだ。ニンゲンの歴史なんか、ゴミクズみてえなもんだ。ヴァルキリー家は名前だけは大事に残ってるが、記録は殆どが失われてる。あたしの祖父母世代までは余裕で奴隷だった。ヴァルキリーの名は継いでも字は分からねえって世代が何代も続いたりしたらしい」
魔界の、ニンゲンの歴史。ニンゲン界の外では、本当に大勢の命が魔族、亜人によって失われている。エルフのアーテルフェイス、ドワーフのアラボレアのように、由緒正しい家なんて皆無だ。竜王レナリアが奴隷解放宣言をする前の九種紀と、ほとんど同じ暮らしだという。
「だからまあ、シャラーラがあたしの先祖と旧知って言うなら。そうなんじゃねえのか? デーモンてのは生き字引だろ」
そう考えると、ヴァルキリーという名前だけでも残せているのは、凄いと言える。
「……しかしシャラーラねえ。『六化の二』に名指しで呼び出されたんじゃ、行くしかねえかもなあ」
「…………やっぱり」
「ん? ああ、そりゃな。デーモンは化物そのものだ。たまたまニンゲン界に居てくれている。有事の際にその1万年の叡智を以て協力してくれるかは、分からねえけどな」
「言っていた例外ね。確かにデーモンなら、オスでもメスでも関係無い」
六化。化物と呼ばれる称号。母よりも上だと評価されているということ。いや、当然か。
種族が違うのだ。
「……あれ、でも意外ね。ジンは、その時カナカナの性格的にそんなの興味ないんじゃないかって言ってたわよね」
「んー。まあ実際あんまり興味はねえよ。学者でもねえし。ただまあ、名前と一緒に代々受け継がれてきたのが『黒銀の鉱床』の隠し場所だからな。あたしの祖父母の時代に飼い主の国が滅んで奴隷解放されて、以来ヴァルキリー家が管理してんだ」
「黒銀の鉱床……」
「ああ。ニンゲン界だろうが魔界だろうが、この惑星で唯一そこでしか採れねえ。つまり、元々この惑星にあったり、この惑星で生み出されるような物質じゃねえってこった。…………おー。ここまでくりゃ、色々予測はできるな」
「!」
話は。
恐らく、九種紀まで遡る。
「天から、誰かが持ち込んだ」
「そうなるよな。ソイツが、ヴァルキリーの祖先か? 面白え。ジンの修行が終わってあんたらをエルックリンまで送り届けたら、会いに行ってみるかな」
カナカナは、この惑星にやってきた宇宙飛行士の直系子孫なのだろうか。
こういう話も面白い。わくわくする。




