第22話 楽園から聴こえる地獄の声
その日は時間的に、それで終わった。ルフが、女の楽園であるこの森を建てたのは、男性であると言い残して。
「今日は街を聞いて回るわ。試したい魔法があるの」
「かしこまりました……?」
ニンゲンの耳は、エルフより短く小さい。……いや、エルフは少数種族だから、言い方が逆なのか。オルスは、ニンゲンの国だから。
エルフの耳は、他の種族より長い。
「魔力を風に乗せて、その風の経験を、魔力として再度取り込むことができるのよ。ニンゲンの機械で例えると、レーダーというものに似ているかしらね」
「……レーダーの、魔法……ということですか」
「このやり方が、これまで既存の魔法には無くて、私が名付けるなら、そうね……」
魔法は、私にとってとても興味があるものだ。日々練習して、できることを増やそうとしている。
巨大樹の上まで風の魔法を使って昇る。ルフも魔法無しでなんなく付いてくる。ああこれくらいなら、戦闘員として訓練を経たエルフはできるのか。……彼女は、どこから来たエルフなのだろう。
耳を澄ます。皆の、会話を聞きたい。姫の前ではしない会話を。
「……地獄耳の魔法、かしら」
あまり良くないかもしれない。けれど、何を言っていようと私は誰を咎めるつもりも無い。他言はしない。知るだけだ。
エルフの姫として。
◇◇◇
「おはよー」
「はーい。おはよ〜。今日も暑いね〜」
「はー。だりー。朝から便所掃除かよ」
「トイレって言いなさいよ。ベンジョとか、下品なオスじゃないんだから」
「いや、あたしここで働いて分かったわ。女だろうがクソオスだろうがケツから出るクソはクソ」
「なによ、脂まみれ不摂生のオスより、色々気を遣ってる女性の方が便は綺麗よ」
「いーや、クソはクソだね。必要な仕事だけど、今まではオスがやってくれてただけ。オス出禁のここじゃ、誰かがやらなくちゃならない。全く、クソだね」
◇
「あー、しんど……。なんでアタシがこんな仕事しなきゃいけないの。力仕事なんてクソオスにやらせりゃ良いのに」
「いやいや、ここには女性しか居ないんだから、全部私達でやるのよ」
「外から業者呼べば良いじゃん。あー腰いた……」
「男子禁制だっての」
「いやそれは、業者なら良いじゃん」
「駄目です。ほら、愚痴ってないでそっち持って」
「うへえ……」
◇
「良いよな姫様とか女王様は。ずーっと巨大樹の宮殿でのんびりして。あたしらに全部働かせんだもん」
「こら、不敬よ。女王様はこの楽園を創ってくださったんだから感謝しないと」
「そーだよ。楽園だと思ってたんだよなあ。鬱陶しいオスも居なくて、痴漢も無くて。けどそれ結局さあ……。ホストも無いし、アイドルも居ないし……。周りは女ばっかでつまんない」
「何を言ってるのよ。男性が居ないのよ? 私はそれだけでもう、最高。どんな仕事でも楽しくできるわ」
「へえ。染まってんね。エルフェミ」
◇
「ちょっと! 今ぶつかったわよ! 謝りなさいよ!」
「はあ? あんたがデカいのよ。モテる必要無いからってぶくぶくぶくぶく」
「はぁぁあ!? ハラスメント! 体型差別よ! ちょっとおまわりさん!」
「うーわ、めんど……。体型は客観的事実だろ」
◇
「防衛費!? はあ!? それ、戦争するってことですか!?」
「いやいや……。ここが攻められた時に無策だったらすぐに滅びるでしょう? ただでさえここには男性の軍隊が居なくて、武力が低いんだから」
「嫌です。戦争反対です!」
「いやだから、それは皆、私もそうなんだって。けど現実問題、軍隊が無いと容易く攻められるんですって」
「絶対ありえません。なんなんですか。あなた達は戦争したいんですか?」
「いやだから……。しないために、自国内での防衛力は必要だって話で」
「そんな野蛮で危険なことにお金を使うなら、もっと福祉とか、子育てとかに使ってください! 戦争なんて絶対反対です! そんな男性的な発想、あなた実は男性なんじゃないですか?」
「いやだから……。なんで会話ができないんだろう。そもそも女王様だってね……」
◇◇◇
「…………ねえ、ルフ」
気付けば汗が吹き出していた。これは暑さのせいじゃない。
動悸が止まらない。
「はい。エルル様」
「……この巨大森は、本当に、女性の楽園なのよね?」
私は、聴こえた会話をルフへ話した。正直、気分が悪くて今日はもう休みたかった。
ルフは、ゆっくりと口を開いた。
「いいえ」




