第219話 おっとりと捩じ込む修行
翌日からジンの修行が始まった。いや正確には、再開した。
私も快復している。見学だ。場所は道場。畳の敷かれた大広間。
「ほら崩れてる。やっぱりな。型は毎日やれっつったろうがクソアホ」
「う……っ」
魔導術とは、古流武術であるらしい。決まった型があり、決まった動きがある。古来から研鑽され紡がれてきた技がある。
数百年の試行錯誤の果て。究極の合理。
その型を、身体に叩き込む所から。それを可能にする筋力を身に付ける所から。
魔導の道は始まる。
のだとか。
「よし。基本の型、あと100回な」
「うす!」
カナカナがひと息付いて、こちらにやってきた。同時に、もうひとり。
「エルルには紹介が遅れたな。レイン」
「はいな」
袖の広い前合わせの、大きな帯が特徴的なドレス。和服という、和風文化の民族衣装であるらしい。それを着たエルフの女性だった。
ジンが言っていた、この街に住むエルフ。
「エルレイン言います。レインでええよ。エルファレム言う、魔界の出身なんよ。カナちゃんに頼まれて、こっちで道場付きの魔法使いやってるんよ〜」
おっとりした口調だ。垂れ目で、柔和な印象。こちらも初めて出会うタイプのエルフだ。
「エルルよ。会えて嬉しいわ」
「こちらこそ。……って。ほんまは跪かなあかんのよね。『エルフの姫』様」
「要らないわよ。……魔界にも、やっぱりエルフの里はあるのね」
「魔族には嫌われてるから肩身は狭いんやけどねえ」
エルファレムとは、オルスの巨大森よりも広大な森林地帯の中にあるらしい。『大森林』という訳だ。魔界のエルフはその殆どがエルファレムに居て、魔族から身を守る為に隠れ住んでいるのだとか。
行ってみたい。どの大陸なのだろう。どんな文化なのだろう。
そして、魔界のエルフにとっても私は『姫』であるらしい。アーテルフェイスの名は本当に、どこまで通用するのか。
「魔導を教えるにゃ、実戦は欠かせねえんだ。だから、道場には最低ひとり、魔法使いが要る。加えて、魔法の使用制限の無い地域でしか道場は開けねえからな。魔導はニンゲンの数少ない武器なのに、そういった政治的理由からニンゲン界に殆ど普及してねえ。アホなもんだ。今魔族がニンゲン界襲ってきたら一瞬で終わるぞ全く」
実戦。学んだ型を、レインの魔法で試すことができるということか。
「アルニアにも魔法制限はあるわよね?」
「ああ、あたしが評議会に直談判して『魔導術道場付きの魔法使い』の、『魔導術訓練時に限り制限を解く』法律を捩じ込ませた。昔あたしが見てた奴の親族が評議会に居てな。なんとかなった」
「…………なる、ほど。直談判」
「ま、あたし以外の道場も似たようなことやってんじゃねえか? 知らんけど」
そう言えば私はカナカナとの決闘で既に法律違反をしていた。いやいや、それなら旅の道中ずっと。
……ニンゲンは、魔力を見えないし感知できない。魔法を使ったかどうか、明らかに結果を見なければ気付かない。
「おし。100回終わったろ。実践やるぞ! ジン! 構えろ! まずは火の玉飛ばしからだ!」
「いきなり火!?」
「うるさい。構えろ。レイン!」
「はいな〜。ジン君、死なんといてよ?」
「うわわわっ!」
ニンゲン界に住む亜人は意外と、ある程度の魔法は日常生活で使っているのかもしれない。




