第217話 負けを認める度に倒れる眼
ぼふん。
雪がクッションとなり、私にダメージや痛みは無かった。
「……く……!」
けど、力が強い。振りほどけない。
魔力強化ができない。そうだ。黒銀で直接、魔臓を押さえ付けられていることになる。魔力が、上手く体内を流れない。
「そうだ。魔導士との戦いでは『これ『』に気を付けねばならん。胸ぐらを掴まれたら魔法は使えん。知らなかったろ。対ドラゴン戦では、この『知らなかった』があたしの10倍はあるぞ」
「…………っ!」
「さて、あんたは気絶してないし、参ったも聴こえねえ。続けるんだな」
笑っている。口を三日月のようにして。この人は、人を倒すのが趣味なのだろうか。
まだ、手はある。宙に浮いたままの氷柱と石礫だ。私のコントロールを離れて、魔力爆弾はその圧縮を解放する。
「!」
どこへ飛ぶか分からない、乱射。
「ほう」
流石に私を押さえ付けた体勢で片手では全てを防げない。私を放してそれらを防ぎながら距離を取る。
私もなんとか立ち上がる。
「ふう……!」
「面白いな。面白い魔法の使い方だ。魔導士と戦うのは初めてなのに、魔力を封じられた後の攻撃手段まで用意していたとは。そして戦闘時に恐ろしく精密な魔力操作。素質だけ見れば、『六強』候補も頷ける」
息が上がっている。魔力の流れはまだ乱れている。けど、まだ立っている。負けていない。
「はぁ。はぁ。……『六強』?」
「知らなくて良い。当事者はいつだって知らないもんだ」
「…………」
彼女は余力がある。どころか。無傷で、息を切らしてもいない。汗ひとつかいていない。
対して私は。魔力を大量に使い、疲労し、魔臓に異常を来たしている。この後、勝っても負けても確実に魔力侵蝕が来る。
「…………」
ここから逆転、少なくとも相打ちに持ち込む方法。
一応、思い付いたけれど。
それは駄目だ。
「……参った。私の負けよ。認めるわ。あなたに勝てない私は、ドラゴンにはもっと敵わない」
ここは意地を張るべき所じゃない。
「分かった。大丈夫か? 顔色悪いぞ」
「…………ええ」
負けた。
最近、負けてばかりだ。
ふらり。
ルフが駆け付けて来ているのを最後に視界の端に捉えて、私は目を閉じて倒れた。
◇◇◇
「悪かったな。ハーフとは知らなくてよ。とりわけニンゲンとのハーフは魔臓が不安定で弱い。そこを狙ったのは卑怯だった」
侵蝕は軽かった。それより、黒銀が魔臓にほぼ直接作用したことによる体内魔力の乱れが良くなかったらしい。
また、自分の弱点が増えた気分だ。卑怯ではない。敵なら、まず狙うべき所だから。
「…………魔界では、エルゲンは珍しくないのね」
「まあ、ニンゲン界ほどじゃねえ。たまに街で見掛ける外国人、くらいのもんだ」
和風の家屋にベッドは無い。私達が使わせてもらう予定の部屋に、敷布団。私はそこに運ばれていた。
少し落ち着いて、夕方。
「……随分手際が良いな」
「はい?」
私の世話をするルフを見て、カナカナが呟いた。
「慣れてる。もしかしてあんた、戦闘の度にぶっ倒れてんのか」
「…………まあ、そうね。大体は」
「はい。基本的にそのつもりでエルルと旅をしています」
「はぁ。難儀だな。冒険にも戦闘にも向いてねえ」
そんなことは、私自身が一番よく知っている。
「ええ。だけどそれは、私が旅を辞める理由にはならないわ」
「…………良いねえ。眼が良い。そういう気概は好きだ。なるほど。アホジンが惚れる訳だな」
私の無茶を笑ってくれた。馬鹿にせずに、応援するように、楽しそうに聴いてくれた。
なるほど。カナカナはそういう性格か。
ジンが師匠と尊敬する訳だ。




