第212話 掻き混ぜられる弱い意地
大事を取って、この街には4日滞在することにした。ジンもルフも、なんだかんだ疲労は溜まっている。
「本当に大変だと思うよ。女性って」
「…………」
買い出しの後。私が目覚めても、外に出ようとしないジン。
その、私を見る目が。
自分でも何故か分らなくて。
少し不快だった。
「…………待ってジン」
「えっ?」
熱が出ている。気分が悪い。じんじんと身体の中が痛い。
苛立っている。それは自覚している。彼は悪くない。
それは自覚している。
「……私を、憐れまないで」
「!」
だから。
きちんと伝えなければならない。感情に支配されてはならない。
私の半分は『冷静なニンゲン』の筈だ。
「私を、『弱く可哀想』だと、思わないで。あなたに、守って貰えるのは嬉しいのよ。だけど私は。私も、強くありたいの。これは私の戦いなの。私はおんぶに抱っこで、A級になんて上がりたくない」
恥ずかしいのだ。ルフに世話されるのは特に何も思わないのに。
自分の弱い所を、この男性に見られたくないと思う私が居る。
女性だからというたったひとつの理由で、『弱いから守らなければ』と結論を出して欲しくない。
同情をされたくない。
「エルル?」
ルフが心配の声を挙げる。違うのルフ。私は。
「ねえジン…………」
部屋は、魔法によって暖かい。彼の顔が赤いのはそのせいだろうか。
「…………」
どう伝えれば良いのか分からなくなった。そもそも何を伝えたかったのだろうか。
「エルル。もう喋らないでください。体調が戻ってから、改めて話しましょう」
「………………」
ああしんどい。声を出すのも、もう辛くて。沈黙で返事をした。
「ジンも。汽車の時間を調べてきてください。スムーズにこの街を出られるように」
「わ、分かった。……ごめん、エル姉ちゃん」
「………………」
ジンが申し訳無さそうに出ていった。
申し訳無いのは私の方だった。彼にあんな顔をさせた。
謝って欲しかったのか? 違う。断じて。
女性だから、大変だと言われることに、苛立った筈だ。
けれど。
今は私は確実に大変で。その理由は女性であるからだ。ニンゲンの女性の、ハーフだからだ。
それは事実。
では何故、苛立つことがあるのか。
意識と発言に一貫性が無い。論理的ではない。
……くそ。
「……心配してくれた彼に、恥をかかせた」
「いいえ。あれは発情していたのです」
「…………え」
頭の中がごちゃごちゃだ。いつもこうだ。侵蝕してくる魔力が、私の脳を掻き混ぜているのだろうか。
自分でも、自分が何を言っているのか分からなくなってきた。
「股間を見れば分かります。良いですか。エルルは彼にとって、『姉ちゃん』なのです。精神的に頼れる大人と言って良い。その姉ちゃんが、弱っている。守りたくなる。……顔が紅潮している。たとえそれが発熱によるものだとしても。……彼を責めはできませんよ。男性の通常反応です。男性は、自身の勃起を100%コントロールできるものではありません」
「………………それで退室させたの」
「はい。恐らく戻ってくるのは夜でしょう」
「…………男性も大変じゃない」
「はぁ。それとこれとは別ですよ。彼のそれは0からプラスの行為。エルルは今、マイナスですよ。体調が戻っても0に戻っただけ。それに、『欲求』ではありません」
「………………」
大変じゃないの。彼にとって、私達と旅をすることは。
我慢の毎日ということだ。
私が、未だ性行為に対する恐怖から克服できていないから。彼を待たせてしまっている。
ルフは、最初は私に譲ると言って聞かない。
「…………私達は、何でも言い合えて。通じ合える。……そう在りたい。のに」
「お願いですから、自分を責めないでください。誰も悪く無いのです。誰も、何も」
どうして、私にはニンゲンの血が流れているのか。
父を恨んでも、この苦しみは無くならない。
なのにニンゲンでなければ、彼の子を……。
違う。
ええと。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
女性でなかったとしても。
私は今、弱い。




