第210話 小さく細く広い世界
地図を見る。地形図だ。バドハの現在地から、目的地のアルニアまで。ほぼ1ヶ月以内に辿り着かなくてはならない。
「……ずーっと山ね」
「バドハを越えると本当に山しかありませんね。レドアン大陸は砂漠が殆どでしたが、キャスタリアの南東から中部は起伏の激しい地形のようです」
「オルスも山だったけど、ここまで険しくなかったし、気候も安定してた」
現在。
嵐の中を進んでいる。
「俺は気が楽だよ。姉ちゃん達が居るから、火も水も寝床もある。町や村に入る必要もないから、差別に遭わないし」
朝は晴れていたのに、昼過ぎから急に雲が重なってきたのだ。それでも進む。進める。気泡の魔法で、雨も風も防ぎながら。
事前に、ペースを計算している。1日でどれだけ進むかを、ルフの魔力量や私の侵蝕具合を見て。
きちんと冬前にアルニアへ着けるように。
「足元だけ注意して。多少の木の枝なんかは防げるから」
「了解だ」
細く険しい山道。先頭をジンに任せて、私、ルフと続く。
気泡のお団子が3つ並んで。
「今の目的地は?」
「このひとつ向こうの峠を越えると大きな山脈が見えてくると思います」
「大山脈ね?」
「いいえ。それはまだ先です。イスラ山脈は、東西に渡って続く、バドハと北側諸国の国境です。バドハは、南北に狭く東西に広い、細長い国なのです」
「つまり、まだまだバドハってことね」
「その通りです。今日中に峠を越えましょう。そこからイスラ山脈までは明日中に。イスラ山脈も巨大な山脈に変わりないので、1週間は掛かりますよ」
登山や山での生活の経験はアラボレアでしているけれど。あれも結局はドワーフの国の客として扱われた。状況は何もかも違う。
長い。とにかく歩くしかない。飛んだって、すぐに方向が変わらなくなって風に飛ばされる。だからといって地形が上から全部分かるくらいの高度まで飛び上がったら、今度は宇宙からの暗黒魔力でまた汚染される。
飛行の魔法があっても、山の中じゃあまり有効に使えない。精々、橋が崩れていて危険な崖などの橋渡しくらい。それか、ちょっと先まで見たい時くらい。
広い。ニンゲン界には4つしか大陸がないなんて思っていたこともあるけど。全然だ。
ひとつの大陸のひとつの国ですら、巡り尽くすのにどれだけ掛かるか。
レドアンだって、まだウラクトと大砂漠とアラボレアしか知らないのだ。
「ルフもバドハ初めてなのよね?」
「はい。私がヒューザーズとして主に活動していたのはキャスタリア中南部から南西部でしたから。たまに遠出しても、西部や北東部でしたね」
「つまり。……いえ、訓練校で習ったから知ってはいるけど。キャスタリアって、広いけど栄えているのは南部の海岸沿いが中心なのね。後は山。都市も中部北部にあるけれど、経済の中心地は南部になる」
「そうです。何もかも大山脈があるせいですね。ここで全てが寸断されています。北部はもう別の文明と言えるでしょう」
「南部や南西部は山が少ないのね」
「大平野がありますからね。山脈の群れに囲まれて、100の国がすっぽり収まっています。私の居たアバル王国もその内のひとつです」
「……広いわねえ」
「楽しそうですね」
「ふふっ」
キャスタリアだけでもこれだ。そんな大陸が4つ。
さらに、魔界にはまだ知らない大陸もある。
「ちょっと待って姉ちゃん達。そんな先のことより、まずはこの嵐でしょ。暗くなってきたし、そろそろ危ないよ」
「ふふ。そうね。少し休憩しましょうか。穴を掘るわ」
楽しみで仕方ない。




