第208話 逞しく整備された基盤
キャスタリア大陸南東部イレンツ側国境。
「……ギルマスから聞いてるよ。B級パーティ『ニンフ』。A級試験ね。越境は今日を逃したら1ヶ月後になる。運が良かったな、お前ら」
国境沿いの街に着いてすぐに、ギルド支部へ寄った。表向きは飲食店。どこも同じようなカモフラージュなのかもしれない。キャスタリア大陸では冒険者ギルドは表向きよく思われていない。つまり、正攻法で国境を越えることも難しい。
特に、ここみたいにキャスタリアの経済的中心地やその周辺国では。
レドアンとはまた違った雰囲気。そういえばまともにキャスタリア大陸を旅するのは初めてだ。
「私達は魔法で消えたり飛んだりできるわ。それで越えられないの?」
「キャスタリアの主要国国境には原則としてドワーフが駐留してる。満遍なくな。探知魔法のプロだ。やめた方が良い」
「…………」
私達を案内してくれるギルド職員の中年男性。彼は冒険者のイレンツと隣国バドハの国境越えを、長年サポートしてきたらしい。
「ではどうやって?」
「正攻法だよ。俺はイレンツとバドハで商人の資格を取ってる。貴重だぞ? 今からギルド関係者が取ろうとしても身元確認されて不可能だ。ここみたいなカモフラージュのレストランや娼館が両国にいくつかある。商品の仕入れ先はバドハ側。俺は頻繁に両国を渡り歩く商人て訳だ」
「なるほど。私とルフは商品として行くのね」
「亜人女性の場合、それが一番だな」
こういう国境越えサポート職員が、キャスタリア主要国には必ず居るらしい。レドアンとは全く違う。
冒険者ギルドも、仕事としてはキャスタリア大陸が一番多いから力を入れているのだそう。
「今日を逃したら、というのは?」
「明日から合同軍事演習で一般商人は通れなくなる」
「また戦争?」
「まあ、今情勢が不安定なシプカがすぐ近くだからな。南北どちらに付くかで各国が揺れてる。そういう状況でのこの軍事演習は、イレンツとバドハ両国にとっては安心材料なのさ。お互いにいつシプカと挟み撃ちされるかって不安があったから、ここで関係性を強固にできるのはデカい。俺達も安心して商売ができる」
「……そう。でも変なこと言うのね。冒険者的には、戦争になった方が仕事が増えるじゃない」
「ふん」
彼は、冒険者ギルドからやってきた職員ではないそう。
元々この国この街に住んでいた人だ。支部で働くようになったのはその後だ。だから、本業はどちらかというと商人の方なのだろう。
◇◇◇
「頑張れよ。俺は一生ここの橋渡しだが、俺と同じギルドの冒険者がドラゴン退治に魔界入り。不思議な仕事だよ」
「ありがとう。また帰ってきた時にお願いするかもね」
「エデンに帰るならここには寄らないだろ?」
「まあ、今回は分からないけれど。私達はこれから何度もキャスタリアを訪れることになる。だからこれから、何度もあなたのお世話になる可能性は高いわね」
無事にバドハへ渡って、街外れで荷馬車から降ろしてもらった。彼は葉巻を吸いながら、私達を見送ってくれた。
「……好い人でしたね」
「ええ。悪いことしているのにね」
「そういえば、ここは初めてと言っていましたが、ジンはどんなルートでアルニアへ?」
「エデンから船で送ってもらったのはもっと西の国だったんだよ。春だったし、そこから馬車で。国境越えは今みたいな感じで」
「そうね。まあラス港へ寄りたいのは私だけだったし」
ここからは徒歩だ。ずっとずっと北上していく。本格的に冬が来る前に。
「ニンゲン界の各大陸の港と、さらにキャスタリア中には冒険者ギルドによるインフラがあるのね。ここまで整備するのに必要だった涙ぐましい努力と時間が想像に難くないわ」
「逞しいよね。冒険者って感じだ」
目指すはアルニア大山脈。




