第207話 貴重な冒険の途中
「……そう。汝、飲み込みが早いの。そのまま、魔力を浸透させよ。……名はこうだ」
「…………〈カロル〉」
今の私でもできる古い魔法……九種紀時代の魔法を、ひとつ教えてもらった。これからの旅に役立つものだ。1度、8年半前に見たことがある魔法。
任意のものを、温める魔法。その名はカロル。
「……どう?」
「うおっ。すげ……。あったけえ」
ジンに掛ける。彼は人間だから、冬の旅は厳しい筈だ。これがあれば、うんと楽になる。
「……普通の熱魔法とは違うのですね。長時間効果が続き、『浸透する』という特性を持つ。こんな複雑な魔法が、5000年前では一般的であったと」
「わはは。魔素の使い方が異なるだけである。が、確かにコツは要るの」
――シャラーラの屋敷には数日滞在した。私の旅の様子を話すと、嬉しそうに聴いてくれた。少女の見た目なのに、こういう時は優しい老婆のようだった。
「アルニアであるか。キャスタリア中央、大山脈にある小国であるの」
「ええ。それからエルックリン。A級試験が終わったらまた来るわ。どうせレナリア大陸に行くのに、このラス港を使うから」
「ならば、本格的に冬が来る前に大山脈へ入らねばならぬの。さあほら行け。……汝らの冒険へ」
正直、シャラーラの昔話は面白い。いつまでも聴いていたくなる。けど。
そんな訳にもいかない。
私達はまだ、冒険の途中だから。
「じゃあ、また来るわね」
「うむ。楽しみにしていよう」
彼女の言う通り、急がなくてはならない。冬の山が厳しいことは、知っているから。
◇◇◇
「……凄く貴重なお話でしたね。正に歴史の生き証人。デーモンと友人とは、流石エルルです」
「ピュイアの紹介だから、私は何もしていないわ。……けど、そう。デーモンは、私の知りたい『知らないこと』を沢山知っている。それだけでも、残りのデーモンを探す理由になる」
「……それが、エル姉ちゃんの動機か」
「ええ。『知りたい』。私は『それ』で出来ている」
そのまま、乗り合い馬車に乗ってラスを後にする。北西へ。
「アルニアまでは、どう行くの?」
「うん。ルフ姉ちゃんと話してたんだ。ラスからの馬車を乗り継いで、まずこのイレンツ国を西から出る。そこから徒歩で北上するんだけど、途中で北シプカ領に入るんだ。そこからまた馬車かな」
「シプカ……」
「エルル」
馬車は大きく、私達意外にも客は居る。勿論全員がニンゲンだ。
「今、南シプカへは行けません。……エルルも分かっていると思いますが」
「…………ええ。分かっているわよ」
南北シプカの内戦は。
未だ、終戦に至っていない。一時はそう報道されたけれど。完全に終わった訳ではない。
『休戦』だ。つまり、休んでいるいるだけで、まだ戦争中。
北シプカへは、友好国であるイレンツ側……つまり今居るここからは入ることができるけれど。南へは行けない。
ユーマンを始めとしたギルド支部の皆は無事だろうか。フーエール先生は。
世話になったファル達は。
無事だろうか。
心配だ。あれから約9年経っている。
「……無理なら無理。気にしても仕方ないわ。けれど、無事を祈ることはできるわね」
「…………何に祈りますか」
ルフには、エソン村でのことは話している。南北シプカ問題のことも詳しい。
亜人を排する『神正教』の国だということも。
「……私は、特に何も信仰してないわ。その場合、何に祈れば良いの?」
「…………森林エルフ的には、通常は『自然の精霊』ですかね」
「……もしかして、ルフェルが信仰しているっていう?」
「はい。……巨大森では、教わらないのですね」
「………そう、ね」
宗教。
私はエルフの宗教を知らない。いや、宗教というのかすら。
知らないことだらけだ。
知る旅の途中。




