第206話 世界の責任を負った賢王
「そもそも、どうして竜王は奴隷解放を?」
「……人族の男と恋仲になったのである」
「えっ」
これから行く国の歴史を知ることは、重要だ。それだけでなくて。
亜人とニンゲンの、長きに渡る対立の歴史。
「友好国への訪問を終えた帰り道。レナリアは襲撃に遇った。使節団や護衛はレナリア以外死亡した。……レナリアは敵に捕らえられ、拷問された。具体的には、角と尾を切断され、鱗を剥がされた」
「!」
「その窮地を救ったのが、近辺にあった集落の男。魔法を使えぬ人族であるのにも関わらず、亜人の襲撃者を殺し、撃退するだけの実力を持った戦士。……ラスという男であった」
「ラス……!」
ラス。
一度だけ、以前シャラーラの口から聞いた名前だ。そして、この港の名前。私の予想は当たっていた。
「……この港がラスと名付けられるのはもっと後である。話を戻すと、レナリアは一命を取り留めたものの、大怪我によって魔法はおろか、歩くことさえままならない状態であった。ラスはレナリアを救った後、レナリアの護衛を買って出た。レナリアを無事に国へ帰すこと。そしてその報酬に、竜王の口から世界へ向けて『奴隷解放』を宣言すること。取引であったのだ」
「……亜人の護衛を、ニンゲンが」
「その通り。……レナリアはその旅で、人族の価値観や暮らしに触れた。その身体は既に人族より弱っていた。……護ってくれる男に、惹かれていった。年の差はあったが、お互い気にはしていなかったようだの」
ふと、ジンを見た。
もう既に座ったまま寝てしまっている。
私はその古代の竜王に思いを馳せた。私も、ニンゲンに惹かれている。
「その旅の途中で私と出会い、交流があったのである。……まあ、その時に私は同族との魔力リンク……繋がりを放棄したために、その後5000年同族を捜す羽目になってしまったのだがの」
「……彼女達の旅は成功したのね」
「その通りである。レナリアは無事に国へ帰り、玉座に返り咲いた。奴隷解放を宣言し、ラス達の建国を支えた。それからしばらく……。まあそれからも色々あったが、ともかくレナリアの在位中、ラス達当時のメンバーの存命中は大きな問題も起こらず上手く行っていた」
歴史で習う。
遥か昔から、必ず起きたことだ。どんな大国も。平和な国も。繁栄を極めた国も。
「…………増えたニンゲンを、制御できなくなった。その頃にはラス達『初代』の意志は受け継がれず。…………ニンゲンの逆襲が始まった」
「人魔大戦」
そこからは。
私達現代人が習う歴史と合流する。ニンゲン界と魔界に境界が引かれて、交流は断絶。ニンゲン界でニンゲンは法律によって亜人達から魔法を奪って奴隷化。
魔界の魔族達はニンゲン界に住む亜人を含めたニンゲン界全体への憎悪を膨らませ続けている。
「亜人から見て、最も愚かな王……」
「私から見れば、『無理』であるの。100年200年後のことを考えて執政をするのは可能である。レナリアと諸国王達も聡明であった。しかし。1000年後2000年後にどうなるかなど、分かる訳は無い。私はレナリアを責めん。最も聡い賢王である」
再度、レナリアに思いを馳せる。奴隷種族と恋に落ちた。彼の種族の地位を上げることは強い願いだった。そして、成功させた。その後のケアも恐らく――彼女が死ぬまで行えていた筈。
「ニンゲンの一生は短い。すぐに世代が交替する。親同士が仲良かったという子供同士ならまだ仲良くもできよう。では、孫は? 曾孫は。……加速度的に薄れていく意志。3世代も経れば、赤の他人。先祖が仲間であったなど、何の感傷にもならぬ。恩義など、当代同士の間にある筈も無く。……100年後にはもう敵である。それを抑えるにはニンゲンは増え過ぎていた。何もかも手遅れ。晩年のレナリアは、あらゆる種族からのあらゆる罵倒を受け、責任を取らされた。残酷な最期を遂げた後、歴史からその名を消された」
王。時代の責任者。私と彼女で違う所は、政治家であるかどうか。世界を背負うかどうか。
「まあ、本当の最期は私が介入し、処刑に小細工を施した後、人の目に触れぬ場所で穏やかに過ごさせたがの」
私はやがて――種族を率いることになるのだろうか。あり得ない。現時点では少なくとも。だけど。
考えさせられる話だった。




