第205話 紡がれる竜王の話
「まあ、古代魔法を扱う魔族は現代のこの世界ではデーモンのみである。原理的に、汝らには扱えぬのだ。普段は気にしなくて良いが、知識として頭に入れておけ。この先デーモンと戦闘になる場合、知っておいた方が心構えができるであろうの」
シャラーラの説明はそれで締め括られた。確かに、魔力視で見えず探知に引っ掛からない魔法が存在するなど、夢にも思わない。その存在を知っているのといないのとでは、大きく違ってくる。
私の人生の目的の為にも。
「ジンよ。そのヴァルキリーの子孫に伝えてくれ。一度くらい、先祖の旧知に会いに来いとの」
「…………分かった。伝えておくよ。でも多分、そういうの、気にしない人だから……」
「良い。汝らのお陰でまたひとつ、懐かしい気持ちに浸れた。礼を言おうの」
談話室へと、帰ってきて。シャラーラは嬉しそうだった。
「……その『漆黒』と『銀色』は、デーモンではないの?」
「その通り。飛行士でも無い。……本人はこの世界に来て居らぬ。やつがれの、前の世界の友人達である。どうやら、子孫と共に魔力だけをこの世界に送ってきたようだの」
デーモンが持つ古代魔力に色があるなら、それを手掛かりにできるかと思ったけれど。
そもそも、ジンの師匠はニンゲンだ。
「…………」
「どうした? エルル」
私は、自分の魔力を掌に漂わせる。それを凝視する。
「……色が、見えた時があった筈なのよ。私の魔力。髪と同じで緑柱玉色だった筈」
「ふむ。色があるのは古代の魔力のみであるの」
「…………なら私の記憶違いかしら」
「さあの。それを解き明かすことも、目標のひとつにすれば良い。世界は広い。魔道は深い。知らぬことなど、この世には溢れておる。1万年を生きた私さえ、知らぬことの方が多い。汝の旅は、私と同じく終わる気配が微塵もせぬのう」
「……そうね」
私も釣られて笑ってしまった。これからまだまだ沢山、知らないことを知る。その為の旅。それがずっと続く。
冒険者としては、冥利に尽きる。
◇◇◇
その日はシャラーラの屋敷に世話になった。彼女の日課である『火花の魔法』を3人で観て。お風呂に入って、食事を戴いて。本題である、私の旅のことを報告して。
「……プレギエーラ、であるか」
「ええ。それと『竜の姫』。あと、イェリスハートの名前。これが次の目標ね。ああ、外交は勿論やるけど、それは仕事ね」
「…………名か。イェリスハートの子孫。……ふむ。レナリアの子孫ということであるの」
「レナリア? それは大陸の名前では?」
談話室にて。風呂上がりのほかほかなシャラーラが果実汁を凍らせた菓子を振る舞ってくれた。
「然様。当時の世界を牽引する大国の、偉大な竜王の名を――後世に付けられた大陸である」
「!」
シャラーラの『歴史の授業』は本当に面白い。魔界のことなら尚更、ニンゲン界のどんな大学でも習わない、習えないこと。
そして、全てが現実と現代に繋がっている事実という確約。
正直興奮する。
……隣に座るジンはもうこくりこくりと船を漕いでいるけれど。全くもう。
「だが、一説には最も愚かな王だとも」
「どうして?」
「レナリアが王となるまでは、世界的に人族は奴隷種族であった。力も弱く、魔法も使えぬ。だが従順で器用、素直で真面目。亜人族にとっては、天からの贈り物かというほど、奴隷向きの生態であったからの」
「………………なるほど」
もう、察した。ルフと目が合った。そうだ。
ニンゲン界で差別されている私達亜人は。
昔は、逆に。ニンゲン達を虐げていたのだ。
「レナリアはさる年に、高らかに奴隷解放を宣言した。自国の領内に、人族の住む土地を与えて、やがて独立させようともした。そのニュースは世界中に巡り、世界中から人族がやってきた。……そこからだ。安住の地を得た人族が、爆発的に増えたのは」
「!」
その。
逆転現象を起こした原因を作ったのが。
竜王レナリアなのか。




