第20話 自由と矛盾の行き着く先
人は皆、生まれながらに自由だ。
だけど、それぞれの自由は時にぶつかり合う。
世界は限られている。皆が、『A』を食べたい時、『A』の量は決まっている。全員は食べられない。
だから、思い通りにはいかない。ひとりの自由は、誰かにとっての不自由なのだ。
「見合い婚。戦前のオルスでの制度です。結婚とは、家と家との繋がり。子は、家が決めた相手と見合いをして、両者合意が半分、世間体と家の意向が半分で、結婚が成立します」
ヒト種が、外敵からの危険に晒されないよう。また、生存本能から、多くの子を産めるよう。国家という安全圏を確立した。国家には、治安を維持する為のルールがある。国民として恩恵を受けられる為に、国民が守らなければならないルールがある。国家繁栄という目的の為、国民を増やすという目的の為の、ルールがある。
そのひとつが、見合い婚。
「これにより、好きに相手を選んで結婚することは難しい状況でしたが、その代わり基本的に誰しもが結婚できるという状況でした。全国民が夫婦であるなら、全体を平均して、その夫婦がふたり以上の子を産めば、国民は増えていく計算です」
国民が増えれば、働き手が増える。すると経済成長に繋がる。そうやって、オルスは栄えていった。
「娘を持つ家は、より良い家と結び付く為に、娘を育て上げ、着飾るのです。娘からしたら、誰とも知らない男へ嫁ぐ為に、女を磨くのです。基本的に男社会であった為、見合いの破談は男性側から。つまり、男性には選ぶ権利がありましたが、女性にはありませんでした。……国家繁栄には成功した制度ですが、個々人からは不満が挙がっていたのです」
結婚。男も知らない私にはまだ、想像も付かないことだ。一生、ひとりの男性と暮らす。イメージが湧かない。
「そして、戦後。敗戦国となったオルスは、戦勝国であるいくつかの国の指導によって、政治制度や文化を大きく変えていきます。オルス上層部は頭を抱えましたが、国民からは、受け入れられました。国にとっては結果的に痛手となり、国民からは絶賛されたもののひとつが、自由恋愛主義です」
「……また、主義ね」
「子の恋愛について首を突っ込むのは下世話、お節介だとして。若者達は、世間体や身分、収入などを気にせず自由に、好きな相手と恋愛し、結婚することができるようになりました」
「まあ、良いこと、に聞こえるわ」
「そうですね。自由に恋愛できる者達にとっては、喜ばれたと思います」
皆が、『A』と結婚したがった時。
『A』はひとりしか居ないのだ。全員とは結婚できない。
重婚という制度は、少なくともオルスには無い。
「……競争」
「その通りです。エルル様。ひとりのヒトに対して、必ず『つがい』が付く訳ではないのです。自由恋愛とは。自由に、恋愛しなくても良いということなのです。良い評価を得た順番に結婚していき、そうでない者は《《売れ残り》》ます。その結果、オルスではどうなったか」
「結婚率は下がる。……子供、つまり国民が減っていく」
「その通りです。少子化と言います。戦前は、皆が結婚し、その子供達も4人5人は当たり前でした。しかし戦後から。結婚する者は減っていき、子の数も減っていきます。今ではひとつの夫婦に、平均してふたりも生まれていません」
少子化。
国家存続が危ぶまれる、危機だ。ゆるやかに。100年掛けて。目に見えないように。オルスの首を絞めていった。
皆が生き、増える為の安全圏である国家で。
国の首を絞めることが国民に望まれるという矛盾が発生している。国と国民が、自由でぶつかり合っている。