第196話 頭に残る彼との試し合い
綺麗になったな――。
「では次。水玉飛ばし」
「よっ。……わっ。水飛沫は掛かるな」
養成所の運動場を借りて、ジンと試し合いをしている。今日は、彼に私の魔法を見せることと、彼の『魔導術』を見せてもらうこと。
私の飛ばした水の塊は、彼の両手に着けている黒い手袋を起点に、込められた魔力が霧散するように弾けた。
定点に留まる魔力の働きが消えたことで、水玉は飛沫となって彼を濡らしつつ水溜りとなった。
「では次。火の玉飛ばし」
「おわっと。ほい」
続く火の玉も同様。彼が構えて、火の玉を受け止める。同時に私の干渉から外れて、空中に消えた。
「では次。氷柱飛ばし」
「よっと」
氷柱は水や火と違って個体だ。これは飛んでくる方向に対して横から弾くように、彼の手袋を起点に軌道が逸れた。
「…………凄いわね。折角覚えた攻撃魔法が尽く通用しないなんて」
彼の戦いはオルシアで見たけれど。実際に向き合うとその圧力は別物だ。あの時、彼はエルドレッドの本気の魔法すら凌いでいた。
「でもエル姉ちゃん、本気じゃないでしょ」
「そりゃ、怪我でもしたら大変じゃない」
「良いよ」
「えっ」
ジンはにやりと不敵に笑って、背中の大剣を抜いた。これも、あの手袋と同じ素材が使われている『破魔の剣』だ。師匠から借りているらしい。エルドレッドとの戦いでも使用していた。
「エル姉ちゃんの本気、見てみたい。俺は受けるだけに専念するから」
「…………分かったわ」
冒険者の血だろう。自分を試さずにはいられない。その気持ちは。
分かる。
「氷柱精製。石礫精製」
反撃を想定しなくて良いなら、試したいことは沢山ある。私はエルドレッドより魔法が弱い。普通に考えたらジンに全て防がれる。けど。
エルドレッドとの戦闘を見ていたのだ。ジンの魔導が初見ではないということ。だから、対策ができる。
125個の氷柱と、155個の石礫を出現させる。球状に配置して、ジンを取り囲むドームを作る。
その全てに。魔力爆弾を付けて。
「射撃!」
「ぅ………ぉぉぉおおおお!!」
時間差で、一斉に射出する。周囲360度全ての方向から、氷柱と石礫が彼へ向かって襲いかかる。
彼の動体視力と剣捌きは一流だ。叫びながら、高速で打ち落としていく。
これで両手は塞がった。
「凍結!」
「!?」
彼の立つ地面を凍結させる。つるりと足を滑らせた。
「突風」
風による足払い。彼は転倒した。
「おわっ!?」
「ストップ」
ピタリ。
12個残っていた氷柱と、21個残っていた石礫が、倒れた彼を貫く寸前で止まった。
「…………私の勝ちね?」
「はは……。あー。そういう攻め方の対策してなかった。完敗だよエル姉ちゃん」
手を差し出す。彼は大きな手で握り返してくれて、殆ど自分の力で立ち上がった。まあ、私に彼の体重を支えられるほど力は無いのだけど。
というか、今のは私が反撃を受けない前提の戦いだった。彼も本気ではなかった。華を持たせてくれたのだ。
例えば、私の速力だと彼から逃げられない。魔法を数発受けても問題無いであろう彼は、氷柱を受けつつ私に迫って斬ることが可能だ。エルドレッドなら尚更。
「……まだまだね。お互い」
「うん。エル姉ちゃん――」
「なに?」
目が合う。視線は彼の方が高い。私は見上げる姿勢。
「…………いや。ええと。俺、この後町の友達と会う約束してて。夜には帰るから」
「そう。行ってらっしゃい」
何か言いかけたように口をぱくぱくさせてから、そう言った。そして、逃げるように運動場から去っていった。
「…………」
ゲンの言葉が頭に残っている。
ジンは私のことを、どう思っているのだろう。これまで言われたことが無いのだ。
綺麗、だなんて。




