第187話 帰属意識の偏る希望
私達のこれからの行動は決まった。あと数年の内に魔界入りを果たして、まずはミーグ大陸から大運河を渡ってレナリア大陸へ。そしてドラゴニュートの国、プレギエーラへ。
母が魔界との連絡に使用している港と船を、私達がエデンへ戻る為に利用させてもらうことになった。
「その『手紙』まで時間があるならさ。俺、魔導術の修行を終わらせたいんだ。まだ初歩しか学んでなくて」
ジンがそう言った。彼はまだまだ強くなるらしい。勿論承諾した。彼の師匠にも会っておきたいし。
私の、ニンゲン界での旅は一旦休止となる。魔界を旅し終えてからでも別に良いから、特に問題は無い。
◆◆◆
「あの人と会ったのね」
「はい」
夜。
ひとりで、母の寝室を訪ねた。この話を、すべきだと思ったからだ。
父親の話を。
「……正直、第一印象は良くありませんでした。私を、舐め回すような」
「でしょうね。あなたは私によく似ているから。……殺さなかったのね。エデンの被害を知っても」
「はい」
「…………魔界へ行ってからのあの人を、私は知らないけれど。私達は、契約関係だった。あなたには……辛いかもしれないけれど」
「…………当時のお母様の現状打破には、貢献したと思っています。ですが、不可解な点がひとつ」
「何かしら」
母は、オルスの全ての亜人女性の為に。冒険者に襲われて妊娠したということを世界に公表しなくてはならなかった。そのお陰で、今の巨大森がある。これに救われた亜人は多く居る。エーデルワイスが復活したことで、魔界への抑止力も復活することになった。
「ニンゲンと、エルフで。そんな、狙い澄ましたかのように『故意に妊娠』できるものなのでしょうか」
私の疑問は、ゲンが母を『狙って孕ませた』ことにある。私はレドアン大陸の亜人病院で確認したのだ。種族が異なる男女では、妊娠する確率は同種族同士より低いと。ましてやそれがニンゲンと魔法使いなら。胎児が魔力侵蝕ですぐに衰弱してしまう可能性が高いと。
私という存在は、奇跡なのだと。
「…………できるわ」
「!」
時間の猶予的に。できるまで交尾するという余裕は無かった筈だ。
「魔界の医療技術よ。既にあの人は、それを手に入れていたの。異種族交配の成功率が上がる、医薬品があるのよ」
「えっ!」
初耳だ。そして。
無意識に、私は口角が吊り上がっていた。
「魔界の技術はとても進んでいるわ。あなたもいずれ目の当たりにするでしょう。ともかく、それを使って、私はニンゲンの子種を受け入れることができた。……あなたは、魔界の医療技術で生まれてきたの」
「…………!」
奇跡ではなかった。いや、そんな医療技術の発達は奇跡だけれども。
それを使えば。例えば。
「…………お母様」
「なあに」
「その医薬品があれば、例えば私も、妊娠できますか」
「……ふふっ」
母は全てお見通しだ。恐らく。全て。私がジンの子を授かりたいと思っていることも。
「さあね。分からないわ。私とあなたでは、状況が違うもの。その答えは、魔界へ行かないとね」
「…………!」
正直不安だった。けれど、これは希望ではないだろうか。
全ての答えは、魔界にある。亜人の科学的な研究も、魔界の方が進んでいるなら。私やシェノ以外のハーフだって、もっと沢山、居る筈だ。
「…………父は。もしかして魔界出身なのですか」
「どうかしら。その可能性はあるけれど。私、実はあんまりあの人のこと、知らないのよ」
契約関係。
母は、亜人と女性を救う為。父は、ニンゲンの賢者を造る為。私はふたりに利用されて生まれてきた。
母からすれば、父のことは興味ない。だから私を、精一杯の愛情を以て育ててくれた。父親が誰であろうと、私は母の子だから。エルフとして育ててくれた。
自由に生きて良いと、言ってくれた。戦争に巻き込まないように、オルスから出してくれた。そして、エルフの姫としての使命も与えてくれた。
「分かりました。エデンへ戻ったら少し、話してみます」
「そうね。私が持っているあの人の情報はこれだけなのよ。後は、エルルの好きにしたら良いわ。もう子供では無いのだし、ね」
「……はい」
やはり母は偉大だ。私はハーフだけど、私の帰属意識はニンゲンではなくエルフに偏っている。




