第186話 自慢の娘の明確な道筋
私はエルフの姫だ。
エルフとニンゲンのハーフだけれど、オルス国民としての戸籍上の種族はエルフで登録されている。
巨大森の女王エルフィナ・エーデルワイスの娘であることも疑いは無い。
「私の、我儘、なのだけどね。あなたの次に、子を授かる気は起きなかったの。だから、あなたひとりに全てを負わせてしまうことになるわ」
母は、父とは二度と会わないだろう。フェミニストの女王という立場である手前、他の男性も今更ありえない。
エーデルワイスは、私が継いでいかねばならない。
母の言うエルフの姫とは、アーテルフェイスではなく、エーデルワイスのことなのだ。
「ミーグ大陸大運河の先。ドラゴニュートが支配するレナリア大陸に存在する小国のひとつ、『プレギエーラ』。そこへ行って欲しいのよ。小国と言っても、レナリア大陸の王侯が集まる会議での発言力はあって。戦争を止めるために動いてくれる筈よ」
「……プレギエーラ」
「ええ。エルル。あなたが世界を見て回りたいことは知っているわ。だから、そのついでに。プレギエーラへ立ち寄って欲しいのよ」
目的に対する。
具体的な道筋が、敷かれた気がした。母は、私の自由を認めて。私を理解してくれていて。かつ。姫としての責務を。与えてくれている。
「分かりました。お母様。私達が魔界入りを果たした時には。まず初めに、レナリア大陸へ行くことを約束します」
「ありがとう。あなたは自慢の娘よ」
母は、昔と変わらず微笑んで、私の手を握った。
◆◆◆
「でもまずは、プレギエーラに手紙を送るわね。その返事を待ってからだから、きっと数年掛かる筈。比較的安全な経路は、もうなくなってしまったのよ」
「もしかしてヒューイは」
「ええ。これまで使っていた経路で何か問題が発生したと思うわ。それで彼は帰らぬ人となった。詳細は、私には分からないけれど」
「…………そうだったんだ」
「ジン?」
母がヒューイと繋がっていた。それ自体、ジンにとっては驚きだろう。ヒューイの任務の一部が、魔界とニンゲン界とのパイプ役だったことも。
「俺の父親は、エル姉ちゃんのお母さんと知り合いだったんだ」
「…………ええ。そうよ」
母もにこりと、ジンに笑い掛けた。思えばあの時のヒューイより、既に体格は大きい。
「それで。エルル」
「はい」
「『エル姉ちゃん』とは、どういうことかしら。あなた達はどういった関係なの?」
「…………」
これを。
私は答えなければならない。その為にこの森へ寄ったとも言える。そう頻繁には、オルスに来られないから。今。
「……エデンで、冒険者を育成する学校があって。そこへ通っていた時に居候させてもらった家の子でした。ヒューイの家です。一緒に4年間、過ごしました」
「あら、そうなのね」
母にとっては不思議だろう。ここで育った私が、男性と一緒に居ることが。
フェミニストの女王としては、どんな心境なのだろうか。そこまでは、まだ私には分からない。
これ以上は、説明できない。私達はまだお互いの気持ちを確かめあっていないからだ。そしてそれは、ルフを抜きにして進められる話ではない。
「魔界入りは女性冒険者では無理なのでしょう? 彼と行くのね?」
「はい。私は今、ルフとパーティを組んでいます。そこに加わってくれる男性冒険者は、彼くらいでしょう」
「ふうん。ルフと、ねえ」
母がちらりとジンを見て。目が合ったのか、彼は赤くなって逸らした。




