第185話 エルフの姫としての役割
「エル姉ちゃん!」
ジンが軟禁されている部屋は、城の中にあった。一本の巨大樹をくり抜いて作られたとはいえ、小さくない城だ。母はこの件を、城の中だけで済ませるつもりなのだ。
「ジン。怪我は無いわね」
「ああ……。そりゃ。客かってくらい好待遇だったよ。部屋から出られないこと以外は」
「ふふ。大事な依頼主だもの。手荒には扱わないわ」
「…………」
ジンは私を見てから、母と交互に見比べた。似ているからだろう。母はにこりとして、ドレスの裾を持った。
「改めて。巨大森の女王、エルフィナ・エーデルワイスです」
「わわっ。えと。ジンです! 冒険者です!」
ジンは慌てて名乗り、片膝を突いた。
「エルルから聞いているわ。……いえ。あなたのお父様からも」
「えっ」
そうだ。
あの夜。私と会う前後に。ヒューイは、母を訪ねている筈なのだ。
そこで何が交わされたのか、分からないまま、ヒューイは亡くなってしまったけれど。
「ルルゥ。皆に椅子と、机と。ハーブティの用意を」
「かしこまりました」
母がルルゥに指示を出す。ここで。
話してくれるらしい。
「無音空間」
「!」
母は、指をちょちょいと振った。その先から魔力が出て、球状の膜になって私達を包み込むように部屋いっぱいに広がった。
「この前の魔法ですね」
「そうよ。音、つまり空気の振動を抑制する空間を作るの。それで覆うと会話もできなくなるから、その空間でテントを張るように拡げるのよ。コツが要るわね」
誰にも聞かれないための魔法だ。これからの会話は、他言無用。
◆◆◆
「ニンゲン界と魔界の戦争が近付いているわ。魔界が攻めてくる形でね」
最初に。
母の口からそんなことが飛び出した。
「巨大森は、オルス戦争の以前からとある魔界の国と友好関係にあったの。情報をやりとりしていたわ。それは私の代になっても、なんとか続けて来れた」
「…………冒険者」
「ええ。相変わらず賢いわね。エルル。そうよ。魔界入りの資格を持った冒険者に依頼して、その友好国と通じていたの。つまりヒューイはそのひとりね」
「定期的に? ならあの日侵入者騒ぎになったのは、彼のミス?」
「いいえ? 勿論わざとよ。だって、私がそう依頼したのだもの。……私の娘を連れて行ってと」
「えっ」
真相。母は変わらず、優しそうな笑みを浮かべている。
「私はエーデルワイスとしての『国防』の任務をあなたに負わせたくなかった。生まれた時から私の愛する娘が兵器として生きるなんて許せなかったから。だから、あなたにも小さい頃から外へ出るのよと、『洗脳』していたわ」
「…………なるほど」
「聡いわね。けれど、彼は放棄した。あなたと話して、私からの依頼を蹴った。……俺が連れて行かなくても大丈夫と、彼は言ったわ。エルルの瞳に宿る、冒険者の魂を見抜いていたのね」
国防。兵器。洗脳。
こんなワードを並べられても、特に不快感などは無かった。母から伝わるのは、愛情だけだ。
「世間知らずのあなたは、私の予想通りに国際指名手配犯となった。表向きに、縁を切りやすくなったのよ。追放しやすくなった。……ここまで来たら、あなたは冒険者になるしかない。力を付けて、けれど亜人狩りに勝てず。またここへ戻ってくる」
「…………全部、手の平の上……だったんすか」
リーリンが目を丸くしている。私も驚いている。いや、この場全員が。
「エルル。あなたには旅をして欲しいのよ。それが依頼。……魔界へ行って。その友好国へ。そして、軍事同盟を結んで欲しいの。さらにその輪を広げて……。あなたが。戦争を終わらせるの」
「!」
魔界の国との、同盟。その使者。それが、私への依頼。
私である理由。それは。
「あなたが、『エルフの姫』として。ニンゲン界の亜人の代表として。そして――冒険者として。魔界の魔族と。外交を。お願いしたいの」
友好国の姫である、私にしかできない、依頼。




