第184話 大賢者の本当の依頼
つくづく。
私は弱い。
「…………」
気が付くと、私の使っていた自室のベッドだった。身体が動かない。ころりと首を横に向けると、自然と窓の外が見える。今は昼間だろう。
クレイドリが巣立った後の巣が見えた。そうか。もう、夏も終わりだ。
「気が付いたっすか」
「リーリン」
リーリンがひょっこりと顔を覗いてきた。
「丸1日寝てたっすよ。ウチはエルルさんの魔力侵蝕と生理の世話人ってことで一緒に監禁になったっす。まあ、分かんないっすけど」
「……きっとルルゥね。彼女がここへ戻ってきていたなら、私の考えることと行動は全て筒抜けだった。ジンは?」
「どっか連れてかれたっす。抵抗はしなかったすよ」
「……そう。なら酷い目には遇っていないわね。……あのニンゲン達は、自警軍とは違う格好だったけれど」
「ああ。アレは巨大森の私設兵らしいっす。つまり女王様の軍っすね」
「…………そう。分かったわ。なら取り敢えずは、安心できるわね。後は私が母と話すだけ」
「そうっすね。エルルさんとウチが独房行きじゃない時点でそうっすよね。……頼むっすよ?」
「ええ。まずは…………」
「エルルさんの快復っすね」
生理はまだだ。けれど、魔法を使い過ぎると魔力侵蝕は来る。この感じだと、3日は動けないだろう。
「失礼いたします。姫様」
「ルルゥ。良かった。また会えたわね」
「姫様……」
ルルゥが入室してきたと声で分かった。ベッドの側までやってくる。申し訳無さそうな表情のままだ。
「…………あの後、大丈夫だった?」
「……はい。私は特に何も。お世話するお相手が居なくなったのでそのまま帰ってきました」
「エルドレッド達は……?」
「……エルドレッド様は大怪我のため病院へ。ノルン様もそれに付いて。それからは分かりません。ロン様も。ただ、結果的には、私が姫様の動向を暗示させてしまっていたのだと思います」
「……ええ。仕方無いわよ。あなたが無事で良かった。……ふぅ」
「姫様……」
さて。
そろそろ頭痛の強い波が来る。私は3日間、動けない。
こんな時。浮かべるのは。
やはりルフの顔だった。
◆◆◆
「エルル」
3日経ち。
予想通り、そろそろ動けそうだとルルゥに伝えると。すぐに母がやってきた。メイドやニンゲンの気配も無い。母だけ。
「お母様」
「エルル。ごめんなさいね。まさかあなたが――こんなことになっているなんて」
「おか……」
私の顔を見るなり小走りでやってきて、ヘッドボードに凭れかけて座っている私を抱き寄せて縋り付いた。
「お母様」
「よく、帰ってきたわね。エルル」
「………………はい。ただ今、帰りました」
この9年で。
私は少しくらいは成長できたのだろう。母の魔力を感じ取ることができるようになっていた。
その愛を。
「……お邪魔っすね。ウチ、出て良いっすか?」
「え。あ。はい。ご案内いたします。それでは失礼いたします。女王様。姫様」
「ありがとう」
リーリンとルルゥが退室する。母はしばらく私を抱き締めていて。数分後にようやく離れて、リーリンの座っていた木製のチェアに腰掛けた。
「……大きくなったわね」
「はい」
「…………エデンに行ったのね」
「はい」
「大変な目に遇ったみたいね」
「はい」
やはり、母は私のことを想ってくれている。私設兵を使ったのは、女王としての示しなのだろう。
「……彼は、別室で待機して貰っているわ。荒っぽいことは何もしていないから安心して」
「…………ありがとうございます。けれど、良いのですか?」
「ええ。表向き、あなた達は犯罪者でなければならないのよ。でなければ、エーデルワイスの姫であるあなたはこの森から離れられなくなるから」
「!」
母は。
全て読んでいたのだ。冒険者に依頼した時から。私を助けてから、ここへ寄ると。つまり、私達に、話があるのだ。
……ともすれば、私が旅立つ前から。
「行きましょう。あなたと、冒険者ギルドに。もうひとつの依頼があるの。それが、私の本当の依頼よ。……魔界に、関すること」
ヒューイとの、密談で。




