第183話 避けられない犯罪者の娘
「ねえ、銃って、どれくらい危険なの?」
「ん。そうだね……」
銃で武装したニンゲンの兵隊。その包囲を抜けなければならない。
「これが俺の持ってる銃と銃弾」
「…………」
ジンが私に手渡したのは、鉄の塊と鉛の玉。
「重い……」
「うん。でもこれは、拳銃って言って。携帯用に小さいやつなんだ。精度はあまり良くないから近距離で発砲する用。当たりどころが悪ければ死ぬよ。この鉛玉が身体にめり込んで肉を抉るから」
「………………」
あのエルドレッドを一撃で戦闘不能にしたのだ。私の魔法では不可能な成果。侮れない。
「自警軍が持ってるのは小銃だね。もっと大きくて、弾は速く飛んで、何発も連続で撃てる。狙われたらまず『避けられない』んだ。避けさせないように、連続で射撃してるから」
「…………なるほど。戦闘になった場合、あなたはどうにかできる?」
「無理だよ。俺の魔導はあくまで魔素魔法に干渉する技術だから。魔力の通っていない銃弾には手出しできない。つまり戦闘開始はイコール死ぬってこと」
銃。
ニンゲンの牙。
いつかは相対しなくてはならない時がくると思う。けど、今じゃない。
「……分かったわ。あの中に亜人が居ないなら、取れる手はひとつね」
「え?」
相手はニンゲンだけの軍隊。銃がどれだけ危険でも、私には回答があった。
「リーリン。ジン。私の近くに」
「はいっす」
「分かった」
気泡の魔法。
と、土の魔法を組み合わせる。私達の立つ部分の地面をくり抜いて、空気の球体の底に敷く。
そのまま球体は浮かび上がる。
「ステルスエリア」
ユラスから学んだ視覚ステルス。それを球体に浸透させる。
もう、亜人であっても見付けられない。そのままふわふわと、巨大森を目指す。
巨大樹の城を。
「すご……。飛んでるっす。飛行魔法じゃないのに」
「うおお……!」
「魔力侵蝕が進むから、普段は使えない移動方法だけれどね」
実は、私には時間が無いのだ。そろそろ、魔力侵蝕が来る。魔法が使えるのは今の内。ここで行動不能になるのは危険すぎる。早く、城へ逃げ込むのだ。
◆◆◆
巨大樹のお城には、広いバルコニーがある。母の寝室だ。オルス自警軍の包囲を易易と抜けて、そこへ着陸した。
「あっ。ここ、男子禁制だったよね。俺……」
「え。ジン、死刑っすか?」
今の時間。母がどこで何をしているかは分からない。けれど、この場所には母と私しか入れなかった筈だ。
「待って。ジンは声を出さないで。リーリンは小声で。……エルフは他の種族より聴覚に優れているから」
「!」
男声など。ここで発させる訳には行かない。明らかな異物。私は今、心臓の鼓動が大きくなっている。男性を。オスを。
巨大森に連れて来ている。
森の法を犯しているのだ。
「まずは母とコンタクトを取らないと始まらないわ。他の誰に会っても、誤解を招くから――」
ガチャリ。
「!」
先程ジンに見せてもらった時に聴いた、銃の音が。
私達を囲んでいた。
「…………はっ!?」
リーリンが叫ぶ。ここには誰も居なかった。それを確認して着陸したのだ。音も。魔力も。気配も。
無かったのに。
「不思議そうな顔ですね。今あなたが使っていた気配消しの魔法と、無音の魔法との複合魔術ですよ」
「…………!」
懐かしい。その声は。
私に対して、敵意を示していた。
私と同じ髪。同じ瞳。背は、もう追い付いている。
「お母様……」
何人もの、銃を構えたニンゲンの女性の部隊。そして、母。
その隣に、申し訳無さそうな表情のルルゥ。
「正式な審査と手続きを経ていない上空からの不法侵入。そして『男性誘致』。……外の世界で犯罪者となったあなたは、ここでも犯罪を行うのですね」
「……何故…………この森にニンゲンが」
「あなたが出て行ってからの9年間で、森の法も変わりました。女性であれば、種族を問わず受け入れます。さらに言えば、今は緊急事態ですから」
「…………ぅっ」
「エルルさん!?」
私はここで。休憩を取るつもりだったのだ。取れると、思っていたのだ。だから、空を飛んでふたりを運ぶという、消耗の激しい魔法を使ったのだ。
ふらり。
魔力侵蝕が来る。頭の痛みに耐え切れず、私はその場にうずくまった。




