第18話 社会的性差と驚嘆の考察
性別には役割がある。もう、何度も。何度も何度も言っている。
オスは身体が強いので、メスを守る。
メスは心が強いので、オスを支える。
土木はオスの役割だ。政治も、戦争も、狩猟も。
メスは、オスの帰る場所なのだ。安全地帯で。身も心も捧げて。家で仕事をする。育児をする。
何度も言う。個人の好き嫌いや適性の話ではない。基本の話だ。例外などいくらでもありえることは流石に愚者である私でも分かる。
「ジェンダーとは、社会においての性別です。生物的な性別をセックスと言いますが、それに対しての言葉ですね」
「まだ、それじゃ意味が分からないわ」
「そうですね。エルル様は、女性しかいないという異常な社会で育ってきました。まず、男性を知らない。ですが、これまでの授業で分かる筈です。社会においての、役割のことをジェンダーと言うのです」
「…………」
言葉には意味がある。作られた意図がある。
考え事をしていると、目線は下へ向かう。頭が落ちないように、顎を支える。深く考えていたということは、考え終わった後の顎に付いた指の跡から分かる。
「政治をする女性は、セックスはメスだけどジェンダーはオスなのね」
「そういうことです。やはり、エルル様は聡明です」
ルフのお世辞は下手だ。けれど、悪い気はしない。彼女は、外の世界を知らない私を決して馬鹿にはしない。私が考え事をしているときは、黙って待っていてくれる。それが嬉しい。
考える。意味の次に、意図を。
「女性活躍。……フェミニストは、このジェンダーを無くしたいのね。いや、活動を通して無くしていった。この巨大森は、フェミニズムの頂点だとヒューイは言っていたわ。それもその筈、ヒトの社会の最大規模である国の政治を、お母様が執っているから。この森には、ジェンダーがオスである女性と、メスである女性が居るのね。でなければ、メスだけでは社会は回らない。仕事は生きていく上で必ず必要で、誰かが必ずしなければならないから」
「……はい。その通りです。エルル様」
「セックスの女性は、ジェンダーでも女性であれ、と。そういう、押し付け? 価値観? 風潮? 文化? ……それが、森の大人達が口を揃えて言う、女性差別の、正体」
私が考えを纏められないまま、頭を上げて予想を語ると。
微笑んでくれていたルフは。
冷や汗をかいていた。
口角は引きつっていた。
「…………たった一度、数分間だけ、男性と話したことがある程度で。ずっと、この閉鎖的で排他的な女の園で育って。どうして、少ないヒントでそこまで辿り着くのですか……」
「え? だってこれまでのルフとルルゥと、お母様達の話を総合するとそうなるでしょ? 私が一から思い付いてはいないわ。欠片はひとつずつ、全てあなた達から貰ったのよ」
私は愚者だ。何度も言おう。結局、ここへ来てもまだ、森を、母を疑っている。愚かにも。
ジェンダーが女性で、不都合があるのだろうか。……いや、それよりも。
今のところ、ジェンダーという言葉に、必要性をあまり感じない。結局、社会においての男性の役割は、男性がその肉体に由来して担っているのだ。ならばそれはセックスと殆ど変わらないではないか。
いや、違う。国には法律がある。社会にはルールがある。例えば、セックスが女性であれば、政治家として候補に立つことすらできないといった、そんな差別が。だとすれば、政治をしたい女性に不公平だ。もしかしてその女性の政治的手腕は、他の男性政治家より長けているかもしれないのに。
この森では、ルールは全て女性のためのものだ。だから、これまで違和感を覚えなかった。
「……オルス。いや、ヒトの社会では、セックスが女性であることで、何か活動に制限を掛けられていた過去があるのね」
「…………その通りです。素晴らしい……!」
ルフから、私に対しての強い驚嘆を、魔力の流れとして感じた。何故だろう。もしかして。
お世辞では、ないのか?