第179話 絶望的に不毛な会話
彼女達は、私を褒めてくれている。讃えてくれている。尊敬してくれている。
なのに、どうして。
こんなにも、気持ちが悪いのだろう。
「エルフの姫が助けてくれた……!」
「あれ、でもオルシアで裁判だった筈じゃ?」
「違うわよ。逃げたのよ。だってエルフなのよ?」
リーリンは木弓を組み立て始めた。後ろの子達は気付いていない。
「ま。待ってください。……どうしてですか? エルル様っ」
「…………弓を降ろしてリーリン」
「無理っすね。ウチの生存に関わることなんで。元々はウチのミスっす。ウチが始末を付けるっすよ」
「………………じゃあまだ、少しだけ待って」
私達の居場所は、オルス側に知られてはならない。折角、追手を撒けているのだ。
「……ゴブリン……」
「灰色の肌よ……」
「あれがゴブリン……」
「ゴブリンって魔物じゃ……」
「ちょっ。聞こえるわよ!」
後ろの子達がようやく気付いたようだ。小声だけど、私の耳には全て入ってくる。
リーリンの、拳を強く握る音も。
「……レイン」
「はい」
私はレインと目を合せた。期待の眼差し。正直、痛いけれど。
言わなくてはならない。
「まず、私達はオルス側に居場所を知られてはならないの。絶対よ」
「分かっています。誰も、誰にも言いません。言い聞かせます」
「…………ありがとう。それと、パーティへのお誘いのことだけど。お断りするわ」
「え……」
その眼差しが、一瞬にして絶望に変わった。
「理由はね。私が冒険者をしている目的と。あなた達の目的が違うからよ」
「そんな……!」
言わなくてはならない。誤解を与えてはならない。思わせ振りなことを言ってはいけない。
断る時は。
「あなた達は、『社会と戦う』と言ったわね。パーティ名からしてもきっと、ニンゲン社会での女性の地位向上が目的なのでしょう?」
「エルル様は違うのですか!?」
「…………」
その質問は。
最初から決め付けている者の言い方だ。
私はメディアに何ひとつ意見を発信した覚えは無いのに。勝手に、私をフェミニストであるかのように吹聴した。
フェミニストの手口。
「私の目的は、世界中を見て回ることよ。知らないことを知る旅をしているの。冒険をしたいのよ。戦いじゃないわ。戦闘力は、必要だから身に付けただけ。戦いを目的にはしていないの」
「…………!?」
まるで、初めて見る生き物を見るような目に変わる。私の言っていることが理解できないのだろう。
「……私が女でも男でも、冒険者になったと思うわ。困難の数は問題じゃないの。だから、私とあなた達では、目的も動機も何もかも違うのよ。だから、あなた達のパーティには入れないわ」
「女性は虐げられています! 今も! あのエルフ達に性的暴行を受けました! 力が無いからと、危険なエリアはギルドから禁止されています! 不公平! 性差別があるのですよ!? まずはこれを正さないと!」
早口になった。私を捲し立てる。
口論になった時点で会話は終わりだ。この流れで私がこの子達のパーティに入ることはさらに絶望的になったというのに。
まだ続けるのか。
「魔界のこと? 行けば良いじゃない。行きたいなら。禁止されて困るということは、ギルドの世話にならないといけないからでしょう? 私はいずれ行くわ。たとえギルドと縁が切れても。関係ないわよ。だって冒険者だもの」
「…………!?」
まだ、続けるのか。この不毛な会話を。
「魔界どころではないですよ!? ニンゲン界でも、女性の禁止エリアはいくつもあります! 私達は、男のパーティにも入れてもらえなかったんですよ!」
「そりゃ、危険だもの。だから女性達でパーティを組んだのでしょう?」
「差別されたからですよ!」
「違うわ。あなた達は女性だから断られたのではない。力が無いからよ」
「だから……!?」
私が、全て説明して。言ってしまって良いのだろうか。
「エルルさん。この女、嘘吐いてるっす」
「リーリン?」
横から、リーリンが口を出した。
「冒険者は、冒険の役に立たない女冒険者をパーティに入れることはあるっす。……『冒険娼婦』っすよ。旅先で、メンバーの相手をするっす。役割はそれ。後は誰でもできる雑用とかっすね。分前は、半分から1/3程度。ウチも若い時は経験積むためにやってました」
「…………冒険娼婦」
そういうのもあるのか。ああ。レンの船の、ルフェルのようなものか。




