第177話 信頼できるオスとの快適な旅
「あれは?」
「コカトリスね。珍しい。ミーグ大陸では食用らしいけれど、オルスだと普通に野生動物ね。狩る?」
「うーん。蛇系ちょっと苦手なんだよな」
「あら意外ね。鶏肉部分は美味しいわよ。蛇なのは尻尾だけ」
ジンはこの4年、冒険らしい冒険はしていないらしい。魔導の師匠が居るキャスタリア中部に滞在して修行をしながら、基本的なサバイバル程度しかしていないという。
「…………エル姉ちゃん」
「なに?」
「………………。いや、なんでもない」
「?」
ああ、『これ』かと思った。
流石に分かりやすいというか。視線を感じるのだ。
顔に。胸に。太ももに。本人は、私にバレてないと思っているのだと思う。
いや、私がこの歳になってようやく男性からの視線に気付けるようになったというべきか。
ジンが隣に居る時の高揚。
これがきっと、思春期なのだろう。
「言って? もう、前みたいなのは嫌よ。これからはずっと一緒に居るんだから」
「…………ぅ」
今すぐ彼に抱き着きたい。その格好良い筋肉に顔を埋めて頬ずりしたい。ずっとそんなことを考えるようになった。
愚かだと自分でも思う。
「…………ところでリーリン」
「はい? なんすか?」
私達は3人の内ふたりがメスとはいえ、結構速い調子で進んでいる。メスふたりが亜人というのが大きい。走らないのなら、足を止めるのはジンの食事時くらいなのだ。寧ろリーリンと私のふたりの方が速くなる。
「狙われて居るわね」
「えっ!!」
地獄耳の魔法を低密度広範囲で、負担にならない程度に常に発動している。これも私のオリジナルだ。身体から自然に放出される余剰魔力を探知魔法に使っている。そのため、魔力侵蝕が進まない。……まあ、エルゲンの私だからこその試行錯誤の結果だけれど。これによって、常に探知魔法を使えるようになった。名付けるなら、魔力リサイクルかしら。
「あっちゃぁ〜。ウチらと同じ、ニンゲンの街を追放になった亜人犯罪者の盗賊っすね」
「え! 敵か!?」
リーリンは、私が指差した方向を見て頭を抱えた。ジンは即座に剣を抜いた。
「オスエルフ3人。後は……ニンゲン? 魔力を感じないから分かりにくいけれど、複数人居るわね」
「いや、申し訳無いっす。ウチもまだまだっすね。メスのニンゲンは奴隷っすね。首輪があるっす」
「ここから見えるの?」
「遠視の魔法っすよ」
「あ。それ私知らない」
リーリンは忍者だ。隠密行動に長けている。私達は彼女に従って進んでいた。本来なら、誰にも見付かることなく目的地へと辿り着く……予定だった。
そもそも、この森も広い。偶然でも誰かと出会う確率が低いのに。
「仕掛けて来ない。不意打ちも無い。向こうはまだ私達の正確な位置を掴んでいないのよ。そこは、リーリンのお陰ね。痕跡を残さない森の歩き方。森の種族であるエルフにもちゃんと効果がある」
「じゃ、各個撃破っすか?」
「そうね。私とリーリンでひとりを不意打ち。そこでバレるから、ジンがひとり、私達がひとり。これで行けるかしら」
「分かった。行けそうならふたり行くよ俺」
「了解っす」
散開する。魔法は使わない。相手はエルフだ。油断など一切できない。
「射つっすよ」
「ええ」
小声でリーリンが合図する。彼女は携行している組み立て式の木弓を構えて、即座に矢を放った。
「がっ!?」
「は? おいどうした?」
木々の隙間を縫い、ひとりのエルフのこめかみに直撃。毒矢だ。もう助からない。
「! 魔力!?」
「遅いわ」
もうひとりが動揺した隙に火の玉で射撃する。これも顔面に命中。
「ぐおおおおっ!!!?」
「あっ」
けれど、死なない。彼は水を大量に生み出し、全身を洗う。辺りが一瞬で洪水のようになる。やはりオスの魔力量と出力はおかしい。
「――っと」
「!」
それが隙となって、場所を教えて。
既にひとり斬ってから駆け付けたジンが彼の首をするりと落とした。
「わはー。連携完璧っすね。1射しただけっすよウチ」
「私も1発だけ。なんで亜人よりニンゲンが戦闘で活躍しているのかしらね」
そもそも、A級冒険者であるジンがひとり居れば、戦闘に於いては私達はただの『おまけ』だ。
旅は快適そのもの。これが、『男性との旅』。
やみつきになりそうだ。だって今の、オスエルフ3人相手なんて。本来私とルフだけなら最悪全滅か性奴隷、勝ったとしてもどちらかが大怪我していた筈だから。




