第175話 エルフの姫と精悍な青年【第7章最終話】
「魔封具外して大丈夫っすか? 向こうにドワーフ居たら探知されません?」
「魔力ステルスは使えるわよ。それより、ジンの治療をしないと」
「分かったっす。じゃあ、外すっすよ」
リーリンが私の魔封具を外してくれる。
すぐさま風の魔法を使う。魔力ステルスの範囲を拡げて周囲を囲む。だから外へ出るのは純粋な風だけ。探知されうる魔力は外へ出ない。
「!? すげえっす! なにこれ!?」
「……名付けるなら、ステルスエリア……かしら。魔力を留める範囲を拡張するのよ。自身から、その周囲へと。気泡の魔法の応用ね」
「意味分かんないっす! いや原理はなんとなく分かるっすけど、こんなん魔力操作どんだけ繊細なんすか! 天才っすよエルルさん!」
ジンの背中の上で、リーリンが騒ぐ。広い背中だけれどふたりだと狭いから、私は落ちそうになる。
ジンが、腕を回して支えてくれる。
「……俺には魔素も魔力も感じないし視えないから分からないけど。風は感じるよ。この調子なら、ずっと走れそうだ」
「待って。一度、都市を出た所で下ろして。あなた、怪我が心配よ。あのエルドレッドと戦ったのよ?」
「…………分かった。でも大丈夫だよ。かすり傷だし」
「無理してんすよアホジン。好きなメスの前だから」
「ちょ……リーリン!」
そう言えば。勢いのまま、ここまで来てしまったけれど。
「……エルルさん?」
「えっ。ええ……。ルルゥとノルンに、挨拶できなかったなって。ルルゥとはまたお別れだし、ノルンには怪我のことでお世話になったから」
「あのメイドとミノタウロスっすか? ミノタウロスは亜人狩りじゃないっすか?」
「ええ。けれど、治療してくれたのよ。私、レドアン大陸で亜人狩りに左脚を切り落とされちゃって」
「ええっ!? なんすかそれ!」
いちいち、リーリンの反応が面白い。アホジン、だなんて。ジンとも仲が良いんだ。ふうん。可愛らしいゴブリンだけれど。
「それと、エルドレッドにも、お礼を」
「お礼?」
「ええ。彼には、世話になったのよ。護衛もしてもらったし。……敵だったけれど。私達が敗けを認めてからは、姫として扱ってくれたわ」
「…………」
夜のオルシアを。
月を見ながら往く。
石畳の地面だけれど、音も立てずに。
オルシアは広い。
朝日が登る頃にようやく、都市部から出ることができた。
◇◇◇
「街には入らないっすよね」
「ええ。私の存在は割れてるから。オルスの地図は大体しか頭に入ってないけれど、近くまで来たら分かるわ。それまでは街道も外して行くわよ」
それから、3人での旅が始まった。街には入らなくても、そもそも3人とも冒険者だ。自然から食料も水も火も屋根も寝床も調達できる。何も問題は無い。
オルス大陸は四大大陸で一番小さいと言っても、やはり広い。オルシアから巨大森までは、徒歩だと恐らく何日も掛かる。ジンが私達を担いだり、私がふたりごと飛んだり、3人で全速で駆ければ早いけれど、そんな負担はできない。見付かる確率が上がるし、街道から逸れた悪路で走るのは危険だ。
現在も絶賛森の中。
「ジン」
「……ああ。改めて、久し振り。エル姉ちゃん」
そこで、一度降ろしてもらう。大きな木の根本に寄り掛かって座ったジンに、治癒魔法を掛ける。
「リーリン。あなたは怪我は?」
「あー。無いっすよ。ウチ、ちょっと狩りでもしてくるっす。ふたりは休んでてくださいっす」
リーリンはわざとらしく、その場から離れた。私は彼女に感謝して、ジンと向き合った。
「…………大きくなったわね。見違えたわ」
「……だろ? 頑張ったんだ。……姉ちゃんの為に」
「ありがとう」
「…………うん」
陽が高くなった。彼の顔をじっくりと見る。
4年前は、まだ幼さがあった。けれどもう、精悍な顔付きになっていた。青年だ。私より3つ下。17歳だ。
格好良い。凄い。
顔が熱い。
「……えっと。ルフ姉ちゃんも大丈夫だよ。あっちには、ヒートさん達が行ってるから。エデンで落ち合う予定だよ」
「そう。良かった。……ルフにも会わなくちゃね。きっと驚いて、褒めてくれるわ」
「…………うん」
そこで。
緊張が切れて。
「あっ」
「……エル姉ちゃ」
擦り傷だらけの彼に、飛び込むように倒れ込んでしまった。
「…………会えて良かった。助けてくれて、本当にありがとう。とても、格好良かったわ。ジン。強くなったわね」
彼の、逞しい筋肉を触る。ぴくりと反応した彼が、腕を私の腰に回そうとして。
遠慮がちに、そこで止まった。
「……俺も。…………会えて嬉しい。ずっと、姉ちゃん達のこと考えて過ごしてたから。それで、苦しい訓練も乗り越えたから」
「ふふっ……」
笑いが、自然と。
そう。自然と。
「大好きよ。私達、結婚しましょうね」
「!」
溢れた。




