第174話 逞しく強引になった男
見えなかった。暗いからじゃない。
何か小さな物体が、エルドレッドの腰の辺りを貫いたのだ。
「…………っ!?」
エルドレッド自身、まだ何が起きたか分かっていない。けれど、血は噴き出している。立てない。瓦礫は、そのままジンに当たることなく糸が切れたように落下した。
ジンの方を見ると。
左手に、剣。
右手に、見覚えのない黒い道具を握っていた。
「…………ぐふっ。……『銃』か」
「ああ。俺は弱い弱いニンゲンだから。何でも使うよ。別に、俺は剣士じゃない。これは試合じゃない。……腰骨が砕けてる筈だ。もう立てないだろ」
銃。
ニンゲンが開発した、魔法に匹敵する射程武器だ。確か火薬の爆発を使って鉛の玉を射出する。あの音は、発砲音だったのだ。
「ちっ……。油断してたな。俺の、負けだ……」
「俺の勝ちだ。エル姉ちゃんは、貰っていく」
「へっ…………。別に俺のモンでもねえよ。最初から」
負けを認めた。あのエルドレッドが。
負けた。ニンゲンに。
ジンが。
ジンが勝った。
私じゃ戦いにすらならなかったエルドレッドを。正面からの決闘で下した。
「…………!」
私も崩れ落ちていた。顔を両手で覆っていた。涙が、止めどなく溢れていた。
「……ああ、A級、って。名乗ってたな。エルルから聞いたぜ。魔界入りの基準だろ」
「…………うん」
「……俺は、どうだった。魔界でやっていけるか?」
「…………分からない。俺はまだ魔界には行ったことが無いんだ。姉ちゃん達と行くつもりだから。それを目指して、修行してきたから」
「………………そうかい」
それから。
ジンがここまでやってきて。私達ふたりを背負って、ここから離脱した。
◇◇◇
「ぅ……。ふぅっ」
「な。泣かないでくれよエル姉ちゃん。俺まで泣きそうになる」
「だって……。また、会えたのよ。一度は諦めたのに。あなたが。……会いに来て、助けてくれた……」
ジンの背中は広かった。逞しい。安心して身を委ねられる。
「…………あの、姉ちゃん」
「……え?」
「…………いや……。何でもない」
「……?」
こんなに、好きだっただろうか。こんなに、会いたかったのだろうか。
泣き過ぎだ。私。
「……オッパイ当たってるってことっすよ。ジンの走り方が変になったっす」
「えっ?」
「ちょ…………っ」
確かに、凄いスピードだ。なのに音はしていない。忍者の歩法だろうか。私達が並んで走るより、彼に担いで貰った方が速い。
これが、鍛えた『男性』の走力。
「で。どこに向かってるっすか? ウチらが来た港とは逆っすけど」
「港はもう改められてるだろ。依頼主の所だよ。あそこはオルス政府の手が入らないから」
「!」
「えっ」
ジンはそう言った。今から。オルシアから。
オルス大陸北西部の、巨大森へ向かうと。
「エル姉ちゃんの故郷だろ? 一度行ってみたかったんだ。女王様にも挨拶したいし」
「!」
ジンを。
母に?
紹介する?
何と紹介する?
「ちょ……ジン? 本気?」
「ああ。あ、そうだ。さっきのエルドレッドさん? から鍵受け取ったよ。魔封具、外そう。ほら」
「ちょ…………」
何だか。
4年会わない内に、逞しくなって。
少し、強引になったんじゃないかしら。




