第173話 夜空に轟く信じがたい魔導
私は今。信じがたい光景を目の当たりにしている。
「……どうして……?」
思わず口からこぼれた。
視線の先。崩れたホテルの瓦礫の上で、ふたりのオスが戦っている。
エルドレッドの手からは暴風や火炎が噴き出している。どれもニンゲンには致命的だ。前提として、ニンゲンは魔法が使えない。魔法は簡単に生物を殺せる。ニンゲンは、亜人には敵わない。それが自然界の原則だ。
その筈だ。
ジンは。
その剣を使って、それら必殺の魔法を凌いでいる。
私には魔力が視える。ジンの命へ一直線に飛んでいくそれら魔法が、彼によって『曲げられて』いくのだ。回避不可能な火の玉も、面制圧してくる風の壁も。全てその剣で切り裂き、押し曲げ、捻り。
目にも止まらぬスピードで捌いている。
「どうやってあんなこと……」
「知りたいっすか?」
「!」
隣のリーリンが、得意気に説明してくれた。
「魔法ってのは、魔力を主体とした現象っす。魔力とは、魔素を媒介に生み出されるエネルギーっす。で、この世界には魔素が常に空気中に満ちてるっす」
それは分かる。常識だ。
「あの剣もそうっすけど、大気中の魔素の動きを『誘導』する道具と、技術が、あるっす」
「…………誘導」
復唱する。これはきっと、私にとっても重大な情報なのだ。魔法を防ぎ切るニンゲンの存在。エルドレッドも、初めて見るらしく、ジンがどこまでできるのかを測っているように思う。
「体内から放たれた魔法は、空気中を移動するっす。つまり、魔素の影響を受ける。流れる水が魔法だとして、魔素は地面なんすよ。つまり、川。あの技術は、運河の建設工事なんす。魔法の行く先を、変えるんす」
自分に向かって放たれた、高速の魔法を。
捻じ曲げて躱す技術。
「魔法でも魔術でもない。魔を導く――『魔導』……って、呼んでるっす。『魔界のニンゲンの技術』っすよ」
「!」
魔導。
そんな、ものがあるのか。
「待って。魔界に、ニンゲンが?」
「居るっすよ。元々は冒険者で、魔界入りしてそのまま定住した人達の子孫って感じっすね。だからギルドとは定期的に交流があって、ジンもそれで修行したっす」
「…………」
視線をホテルに戻す。今は、ジンの勝利を願うしかない。私がオルス政府に騙されていて、一生ここで拘束されるのだとしたら。今、逃げるしかない。
◇◇◇
「……驚いたな。ここまで魔法撃って死んでねえヤツは初めてだ。しかもそれがエルフじゃなく、ニンゲンってんだからよ」
エルドレッドは感嘆していた。あれだけ魔法を使ってなお、汗のひとつもかいていない。
対してジンは。
「はぁ、はぁ。ははっ。ぶっつけ本番だけど、案外なんとかなってるな。いやあ、毎秒死が過ぎる」
息が上がっている。顔から肩から、全身に擦り傷。魔法は曲げられても、粉塵や瓦礫は防げない。
「……楽しんでやがる。一端の冒険者気取りか」
「俺はもう冒険者だよ。さあ、そろそろ決着だ」
「俺はまだ無傷だぜ!?」
「!」
ジンは低く、構えた。どうあれ、魔法使いの強みはその射程だ。安全地帯から高速の大規模即死魔法を連続で射出できる上に魔力切れにも期待できないエルドレッドに勝つには、近付くしかない。
駆け出す。低く低く。石と氷の雨を避けながら。
ガキン。ふたりの剣がぶつかり合う。すると一瞬、エルドレッドの魔法は途切れる。
「ぬっ!」
けれど、体格でもジンは負けているのだ。剣を含めた体術でも、敵わない可能性はある。
「!」
剣戟が続く。火花が散っている。ジンの猛攻に対処するエルドレッドは、次の魔法を中々発動できない。
「くっ……。んの!」
だけど、それにもエルドレッドは対応する。ジンの背後。上空に、魔力が通った瓦礫片が浮いている。
「ハァっ!!」
「!」
エルドレッドが無理矢理、剣を大きく弾いて硬直を作った。今一瞬だけ、お互いに動けない。
瓦礫片が、ジンへ向かって射出される。
「――――!」
ドン。
妙な音が、そこで鳴った。いや、轟いた。瓦礫が肉体に当たった時に出るものじゃない。爆発音? 弾ける音。乾いた夜空に響く、爆音。
「………………!?」
エルドレッドが。
どさりと、その場に崩折れた。




