第172話 一級の亜人狩りとA級の冒険者
ジン。
ジンだ。
「………………ジン」
4年。もうすぐ5年。離れていた。
私の――
「……ニンゲンか? メスゴブリンより弱え種族じゃねえか」
エルドレッドが、睨み付ける。その手から火の玉を生み出して、彼に投げ付けた。
普通のニンゲンなら、一撃必殺の火の魔法だ。
「……そうだな」
それを。
ジンは手に持った剣で、一刀両断。火の玉はふたつに別れて消えた。
「……『魔剣』か。そんな貴重品持ってんのか」
魔剣。
私は知らない。その剣から、魔力は視えない。魔封具のような、魔法関係のアイテムだろうか。今さっきのように、魔法を斬るというような。
「これは借り物だよ。エル姉ちゃんを助け終わったら返すんだ。だから、俺がアンタを倒すのは、これじゃない」
「…………ほう」
その後、エルドレッドは何度か、氷や石の魔法を撃ち放った。その全てを、ジンとその魔剣が切り払った。
「……俺に、勝つつもりか」
「そうだ」
「オスのエルフと戦ったことは?」
「無い」
「…………そりゃ、嘗めてんぜ。ニンゲン様よぉ」
ドン。
エルドレッドが瓦礫から飛んで着地する。私の3倍ほどありそうな体重だ。床がぐらぐらと揺れる。
ひとりで泊まるとなったら広いけれど、オスふたりが戦うとなれば、狭く感じる。エルドレッドも剣を抜いた。
余裕。彼からそれを感じた。ジンを侮っているのではない。ニンゲンという種族の持つ戦闘力を正確に知っているからこその冷静さだ。
「国際警察機関亜人犯罪対策部『一級』捜査官エルドレッド・ギドーだ。俺はエルフとして、姫であるエルルの護衛をしてる。エルルを連れ去るってんなら、俺がお前を殺す」
対峙するふたりが、視線を交わす。目線は、ジンの方が頭一つ低い。
「エデン冒険者ギルドメンバー、『A級』冒険者ジンだ。エル姉ちゃんをオルスから助けに来た。護衛ならこれからは俺で間に合ってるから良いよ」
お互い全く引かず怯まずに、名乗りを上げた。不意打ちもしないのかと思ったけれど、恐らくは、オスの性格なのだと思う。彼らは、『決闘』をするつもりなのだ。正面から戦い、勝敗を決するつもりなのだ。
「なら、証明してみせろよ」
「勿論。『最強のエルフ』にくらい勝てなくちゃ、魔界で姉ちゃん達を守れないだろ」
「口は達者だな!」
見えなかった。
恐らく、エルドレッドがその剣を横薙ぎに振り抜いた。
何にも当たっていない。軌道上に居たジンは低くしゃがんで避け、脚をバネにして飛び上がるようにエルドレッドの顔面目掛けて刺突。
「!」
エルドレッドは仰け反って倒れるように躱して、その勢いで右脚を前に出してジンの顔面を蹴りつける。
ジンは左腕でそれを防ぎ、両者はお互いに一歩下がる。
ガシャン。最初のエルドレッドの横薙ぎの衝撃が、既に崩れているホテルの外壁をさらに吹き飛ばした。
「……リーリン。姉ちゃんを安全な場所へ」
「え。……は、はいっす! エルルさん、こっちへ」
「ええ……」
ジンはエルドレッドを睨み、こちらへ振り向くことなく手短にそう伝えてきた。はっとして我に返ったリーリンが私を立ち上がらせ、瓦礫を避けながら廊下の方へ。
「待て。ネズミ女」
「!?」
風の結界。
この場所は一瞬の内に台風の目となった。私達の退路は塞がれた。
「……ここで俺達が戦うとエル姉ちゃんにも被害は及ぶぞ」
ジンがさらに睨む。
「ああ。エルルの安全は大事だ。だからネズミ女、誓え」
「ひっ!?」
ネズミ女……って、酷いと思う。リーリンが怯えている。
「俺がこのニンゲンを殺したら、諦めて降伏しろ。良いな?」
「…………っ!」
それは。
願ってもない譲歩だった。リーリンはジンを見て、彼も頷いた。
「分かったっす。そもそも見付かった時点でウチは全部ジン頼りっすから」
「なら良い。行け」
「!」
結界が解かれた。風が拡散し、私達の顔を叩く。
「……随分信頼してくれるんすね」
「構わねえだけだ。今からお前がどこへ逃げようと『追える』からな」
「うひゃあ」
エルドレッドが釘を刺すように睨んだ。それを受けながら、私達は離脱する。
階段は壊された。下へ行くと、ニンゲンの警察に捕まる。魔力ステルスをした上で気配を絶ち、屋根を伝って隣のビルの屋上へ逃げた。
その後また、ホテルの方で爆発があった。




