第170話 アホな男を伴う小鬼の忍者
それは。
裁判が終わったその日の夜だった。
「誰?」
知らない魔力が視えたのだ。皆寝静まっている。彼女も、魔力ステルスを使用している。つまり、魔封具を着けていない。違反者だ。
「しーーっ」
「…………」
声を掛けると、慌てた様子で人差し指を口元で立てた。ニンゲンの手と脚だ。魔力以外は見えずに暗闇の為、細部のシルエットは分からない。何の亜人だろうか。エルフでもドワーフでもハーピーでもビーストマンでもない。勿論ドラゴニュートでも、ミノタウロスでもない。
小さい。凄く小柄だ。
「どうもっす。ウチ、冒険者ギルドの忍者、ゴブリンのリーリンっす。エルル姫っすよね? 助けに来たっすよ」
ゴブリン。
言葉の途中で目が暗闇に慣れた。確かに、額に小さな円錐型の角がふたつある。肌は灰色。瞳は黄色。大きなツリ目をしている。猫のように縦長の瞳孔。
それ以外は、小柄なニンゲンの女性と変わらない。黒い髪は肩に掛からない程度で短く切り揃えている。
「……エデンから、忍者?」
「はい。知らなかったっすか? ギルドは世界各地の情報を集める為に、ウチら忍者を使ってるんす。大抵は小型の亜人っすよ。ウチみたいなゴブリンに、ドワーフ、カラスのバードマンに猫なんかのビーストマン。普通に魔族も居るっす。吃驚したっすか?」
驚いた。ゴブリンがそもそも魔族だ。彼女達の種族は、シルエットこそニンゲンに似ているが、肌の色がニンゲンではありえない灰色をしている。それこそが、ニンゲンから差別される要因となったと、昔にルフから学んだ。……いや、魔族どころではない。一般のニンゲンは、ゴブリンのことを魔物だと思っている、と。
「私を助けに?」
「はいっす。オルス政府はエルルさんを手放すつもり、無いっすよ」
「でも、刑期は5年だと」
「それはただの刑期っす。終われば、今度はまた別の理由で留まらせるつもりっす。最近新政府になってから女王様との交渉が上手く行ってないんすよ。だから、エルルさんの身柄を抑えることで交渉材料にするつもりっすし、しかもエルルさんで『代用』するつもりなんす。オルスもオルスでニンゲン界防衛のガチ本気案件なんで、エルルさんの人権なんて守られないっすよ」
「…………」
リーリンは、前合わせの黒装束姿だった。忍者の正装なのだろう。その懐から、冒険者ギルドの証である革靴のシンボルを私に見せた。
「でも、だからってどうして私を助けに?」
「依頼っすよ。オルスを決定的に敵に回してでも、優先すべき依頼主からっす」
「誰?」
それから、私の魔封具を触る。鍵はエルドレッドが持っている筈。私にはどうしようもない。
「エルフィナ女王っすよ」
「!」
小声で。囁いた。母の名を。
「……母が、冒険者に依頼を?」
「詳しくは、ウチには知らされて無いっす。けど、確かっすよ。この依頼はギルドマスターを通してウチに回って来たんすから」
「…………それで、あなたひとりでここまで?」
リーリンはエデンからオルスまで、恐らく密入国してきている。ニンゲン達の警備を掻い潜り、なんならエルドレッドの警戒網を抜けて。音もなく、私の元へやってきた。優秀な忍者であるのは疑いようがない。けれど、ここからどうやって逃げるのか。魔法が使えない私が。エルドレッドの追跡を?
「いいえ。エルルさん。このニュースと依頼を聞いて、真っ先にギルドマスターに直談判したアホな男が、このホテルまで来てるっす」
「………………!」
その時。
夜の静寂を打ち破る、巨大な破壊音が振動と共にやってきた。




