第17話 不安を誘う輝かしい新時代
性による差異を、性差と言う。例えば私とヒューイを比べても、明らかに体格が違う。声が違う。筋肉を鍛え上げた女性もこの森には居るけれど、それとも違う。
内臓が違う。男性には、子宮が無い。女性には、睾丸が無い。
差があるという事実は、無視できるものではない。何故なら事実であり、現実であるからだ。それを無視するならもう、話し合いにならない。問題を話し合いで解決するつもりが無いのなら、話すことに意味が無い。
現実や状況がどうであれ、結論を変えない、変えるつもりが無いというのが、主義者の特徴だと、ルフは言う。
「……かくして、女性の権利は少しずつ、認められていきました。社会に――ではなく、正確には男社会に。女性の経営者が誕生し、街ゆく少女の間では脚を晒すミニスカートが流行し。自由恋愛が認められる風潮へ変わっていき、男性から自由に好かれるように、化粧や服装についての研究が盛んになっていきました。また、多くの男性女性から人気を集めるアイドルという芸人も出てきました。需要が生まれると、供給は増えていきます」
ルフは先程から、良いことしか言っていない。私は段々不安になる。
きっとどこかで、おかしくなると察しているから。
「昔から、女性を商品とした商売はありました。娼館……遊郭……などなど。しかしそれは、やはり性的なサービスを提供する場で。表立って、大手を振って大通りを歩けるような職業ではありませんでした」
女性は男性の所有物。商品。とてもショックな表現だ。曲がりなりにも、私も女性。こんな説明は悲しい気持ちになる。
「女性の露出が増えた。これはとんでもない社会変革だったのです。歌手……アイドル。女優、声優……。各種接客業に教師業……。女性の社会進出が爆発的に起こりました。女性も、経済の担い手となったのです。それが可能なほど、需要があった。もともと、夫を迎える奉仕のスキルを磨き続けてきた女性は、社会への奉仕に変わっても、存分にスキルを発揮しました。男性消費者は魅力ある女性に惹かれて、女性消費者は夢や希望に憧れて。女性でも、社会の中で好きなことができる。そんな時代がやってきました」
好きなこと。
私にはまだ無いものだ。旅へ出て、世界を知って。それからだと思っている。
「特に、この国――オルスでは。大陸外の、舶来の文化に影響されて。『私達オルスの女性も、海外のようにミニスカートを穿きたい』と、フェミニズムが起きました。それまでオルスでは、女性が往来で脚を出すなど言語道断、不潔で下品だという風潮がありました」
私がまず学んでいるのが、オルスの歴史。大陸を統べる大国で、巨大森はその一部でしかない。勿論オルスの普通の暮らしも、私は知らないけれど。
「――ここからです。ここから、オルスのフェミニズムは、おかしくなっていきます。権利を手に入れたことによる……勘違いが発生します」
「……勘違い」
母も言っていたことだ。けれど、母は男性に対して勘違いだと言っていた。
やはり、ルフと母は真逆だ。私は答えを焦らず、どちらの意見も聞かなければならない気がする。
「社会的に、男女が等しく働けるようになって。身体的、精神的にも同じだと錯覚した女性達が現れ始めます。性差を無視する人が現れます。……それも、都合良く」
学ぶことが多い。今回の、フェミニストについて教えてくれという質問が、ここまで長引いているとは。けれどそれだけ、大事なことなんだろう。この巨大森にとって。母にとって。ルフにとって。
「ジェンダー。申し訳ありませんが、さらにひとつ、キーワードを追加いたします」
「……大丈夫。付いていくわ。ジェンダーね。それは何?」
エルフの姫である、私にとって。




