第167話 安全で退屈な犯罪者
「無理ね。あと2週間は許さない」
ぴしりと。ロン氏に対して言い放ったのは、私がホテルに着いて3日後に合流したノルンだ。
「……ノルン? 私もう、普通に歩けるわ?」
「駄目よ。怪我の内容、分かってないでしょあんた。左脚大腿完全切断よ? しかも初期の縫合魔術が不完全。ただの治癒魔法で強引に繋げただけだった。……今はそりゃ、くっついてるように見えるし、実際歩けているけど。いつ崩れるか分からない状況なの。本当ならワタシが付きっ切りで、レドアンであと1ヶ月は療養すべきだった。それを、あんたらが現場を無視して急かすからなんとか無理矢理ここまで来たの。正直不完全なの!」
「…………うっ」
失礼だけど、迫力のあるミノタウロスの顔で迫られると、流石のロン氏もたじろいでしまっている。
「……分かりました。日程の方はなんとかしましょう」
「当たり前よ! こっちは大怪我人なんだから!」
そのまま勢いに圧されて、ロン氏はホテルを去っていった。
強い。
「……縫合。私の脚を繋げてくれたあれはそういう名前なのね」
「医療魔術もひとつじゃ無いのよ。魔界はニンゲン界の数段先を行ってる。当たり前でしょ? ニンゲン様は、魔法使いを怖がって法律で禁止して、技術発展に取り入れようとしてないんだから。魔界はね。魔法を使った建築技術に家庭用製品に交通機関に。種族ごとに文明が違うほど多様化してるの。そりゃ、魔法を全く使わないのにこんな大きな建物を建てられるようになったニンゲン文明も凄いけどさ」
ノルンの登場にはルルゥも驚いていた。けれど、ルルゥもエルフだ。ニンゲンのように、外見で扱いに差を別けることはしない。
「……流石エルフの姫ね。どこへ行っても、お世話係が居るって訳」
「……ノルン殿。それは姫様に対する侮辱です」
けれど。
「……ルフは、パートナーよ。お互い支え合っているの」
「どうだか。エルルあんた、もう少し自己客観視した方が良いわよ」
「ノルン殿」
「はいはい分かってるわよ。でもね、ワタシはミノタウロスだから。で、医療魔術師。エルルの全快までは、ワタシに従って貰うわよ」
ふたりは少し、相性が悪いかもしれない。
◇◇◇
そんなこんなで。私はホテルから出られないまま。リハビリと、継続的な治療を続けて。
「姫様……!」
「………………ぇぇ」
ノルンのお陰で、私は裁判の日程を生理期間後にずらしてもらった。こういうところは流石だ。
こればかりは、本当に身動きが取れなくなるから。
「…………!」
「ほらルルゥ! 狼狽えてんじゃないわよ。いつものことなんだから」
「……姫様……っ」
ルルゥは、オルスのニンゲン社会出身だから知っていると思っていたけれど。違った。名前くらいは聞いたことがある、程度で。私を見て、酷く動揺していた。
というかノルンが強過ぎるのよ。
◇◇◇
「弁護士……ね」
「はい。エルル姫はオルスの法律を詳しくご存知ではないでしょう。姫様の自己弁護だけでは、主観の入った証言として扱われ、裁判で不利になります」
「…………まあ、良いわ。私は敗けたのだから。大抵のことは飲み込んで、あなた達に従うわよ。……エルドレッドが、私に付いている間は」
数日後。ロン氏が私の弁護をしてくれるという法律家を連れてやってきた。ニンゲンの男性だ。なんでも、私の減刑に尽力してくれるらしいのだ。
そんなこんなで。
退屈でつまらない日々を過ごしていた。




