第166話 9年の冒険と尊重される意思
「女王様が、私を遣わされたのです。姫様が帰国なさるからと。オルス政府とも、女王様自らがご連絡を」
ルルゥは涙を拭って、そう語った。やはり母は、この件に関して動いていた。公表されないだけだ。
彼女を部屋へ招き入れて。上質な布で編んだであろう赤いソファに座ってもらった。
「何にせよ、良かったわ。ルルゥが居てくれると助かる。ノルンは、いつここへ来れるか分からないし」
「ノルン?」
「ああ、今の私の主治医よ」
「!」
彼女ははっとして、私の身体を確認した。
「脚が……っ」
「落ち着いて。もう治っているわ。リハビリがもう少し必要なだけ。問題はそこじゃないのよ」
ルルゥに話さなければならない。
私が森を出てからの9年間。何があったのか。
世界はどうで。私はどう感じて。
どこを旅して、どんな人と出会って。何を学んで、これからどうしたいのか。
全て。
◇◇◇
「…………エデン島のアーテルフェイス王族……!」
開口一番。
冒険者でもなく、亜人狩りでもなく、レドアン大陸でもなく。
ルルゥが一番に驚いたのは、そこだった。
そして。
「……ルルゥ?」
「……………姫様……!」
よろよろと立ち上がり、恐る恐るといった感じに、私の肩に触れた。
それから頭。
腕が回り込んで。
視界が暗くなる。ルルゥの、エルフとして平均的な……控えめな胸で包まれる。
「……よく……ご無事で……っ」
「…………あ、はは……」
オルスの街中に生まれて育ち、巨大森に雇われてやってきたルルゥからすれば。
とんでもない、大冒険だろう。耳と頬を彼女の胸に当てると、心臓が大きく鼓動しているのが聴こえる。
「本当に……強く、大きくなられましまね。……いや、本当に」
「そうでしょ? 私、ニンゲンの血も継いでいるからほら、胸がね。背も。ルルゥより成長しちゃったわ」
しばらく、強く抱き締められて。ようやく離してくれたルルゥが、こほんと咳払いをひとつしてソファに座り直した。
「……そうですか。やはり冒険者に」
「ええ。ギルドの仕事はあまりしていないけれど。アーテルフェイス商会の船を使えるから、世界中行くには便利なのよ。いつか魔界にも行くつもりだし」
私への心配と、諦めの感情が視えた。ルルゥはもしかすると、私を森に連れ戻したいと思っていたのかもしれない。
「ルフ殿……いえ、ルフ様と、ご結婚……」
「そうよ。私、仲良くなったニンゲンのオスが居て。ルフと一緒に貰ってもらうつもりなのよ。まだ、本人には告げていないけれど」
「…………情報が多すぎて、困惑しています」
「ふふ。でしょうね。時間はあるのでしょう? ゆっくり、もっとお話しましょう。お土産話、沢山あるのよ」
「…………分かりました。冒険者の件もご結婚のことも、女王様や森のエルフは分かりませんが、私は姫様の意志を尊重しますから」
「ありがとう。やっぱりルルゥが来てくれて良かった」
ルルゥは、メイドの中で一番話が通じる相手だった。他のメイドなら、私を説得しただろう。
ほら、言ったじゃないか。外は危険で、オスは生きているだけで強姦魔なのだ。
そんな危険を冒してまで森の外へ出るメリットは何も無い。
そんな強姦魔であるニンゲンのオスと結婚など、姫様は洗脳されているのだ。
……などと。容易に想像ができた。
母は、なんと言うだろうか。それだけは私にも分からない。




