第165話 再会する金色の疑問
オルス大陸オルス国首都オルシア。
世界で3番目の経済大国の、首都。以前私が見たイール市とはまるで違っていた。
職人が磨き上げたようなつるつるの石畳で覆われた地面。整頓された本棚のような四角形の建物の群れ。
道には白線が引かれて、通行人や馬車を整理している。馬の蹄にはこの石畳用に何らかのカバーが施されている。
通行人達は皆清潔で綻びの無い服を着ている。髪は美しく整えられ、歩く度にコツコツと高い音が鳴っている。
今乗っている馬車もだ。
「馬車が特定されないように何台かカモフラージュしていますな」
「……大仰なことね。私ひとりに」
「エルル姫はオルス国の重要人物ですからな」
そして。
魔力を一切感じない。
ここが、ニンゲン界の文明の中心地。
見た目は、綺麗だ。華やかで。
◇◇◇
辿り着いたのはホテルだという、巨大な建造物。ウラクトの王都でも見なかったような大きな建物だけど、今居る辺りの街は似たような建物が並んでいた。スケールが違う。
「これが、オルスの宿屋? 王宮じゃない」
「勿論、最高級のホテルです。一般人では中々手が出せないランクですな」
「貴族御用達ってやつか。犯罪者に」
「一応、形式として数日後に裁判がございます。恐らく正当防衛の情状酌量の余地ありと、短い期間の執行猶予で終わりでしょうな。数ヶ月から1年程度、ここに滞在していただきます」
「…………分かったわ」
部屋に案内される。これまで見たどのニンゲンの建物より豪華だった。家具から絨毯から何から何まで、最高級の職人が手掛けたという。こんなものが、お金さえあれば一般国民でも利用できるというのだ。
「俺は隣の部屋らしい。じゃあな。襲撃があったら魔法の声で叫べ。すっ飛んで来るから」
「…………分かったわ」
エルドレッドはこういう所にも慣れているようで、肩で風を切って部屋を出ていった。
襲撃。
私を崇拝するフェミニストが居れば、勿論私を疎んでいる者も居る。オルスでは亜人差別と女性差別は近しい。ニンゲンの男性は、私を快く思わない可能性が高い。襲撃は充分あり得る。
◇◇◇
控えめなノック音がした。
「誰?」
「……失礼、いたします。……姫様のご滞在中、姫様のお世話をさせていただきます、侍女でございます」
「!」
エルフだ。
魔封具によって探知魔法はできないけれど。私には魔力を視る才能がある。ニンゲンしか居ない街で。この感覚は。
この、今にも消え入りそうで不安定な魔力は。
「ルルゥ!」
「ひっ。……姫、様」
バン。
即座に立ち上がり、駆け出す。勢いよくドアを開けて、彼女を迎え入れ、抱き締めた。
勢い余って、廊下側へ倒れた。
「ルルゥ! 久し振りね! どうしてここへ?」
一般的なエルフの色である金髪は後ろで尾のように結んでいる。
彼女は驚愕と尊敬と憧憬と不安の混じった魔力で、私に触れた。
メイドのルルゥ。綺麗な金色の瞳に、私が映る。
「…………姫様。お久し、振りです。お、大きくなられましたね。えへへ……」
「あははっ。嬉しいわ。またルルゥに会えたわっ」
彼女は泣いていた。私も、泣きそうになった。
私がオルスに居た11年間。巨大森で、私の専属メイドであり、最初の教師だったルルゥ。私に、つがいのクレイドリを教えてくれた人。
私に、疑問を与えてくれた人。
しばらく抱き合っていると、エルドレッドがドカドカとやってきて、「なんだこの状況」と愚痴ってからさっさとまた去っていった。




