第163話 身に覚えの無い歓声
「そろそろ着くぞ。準備しろ」
エルドレッドが、ノックをせずにドアを開けながらそう言った。ノルンもそうだけど、ちょっとデリカシーが無いのではないかしら。まあ犯罪者の私に人権が無いのは分かっているけれど。
「…………」
だからって、着替え中なんだけど。いやまあ、私は犯罪者だから何も言えないけれど。
「自分ん所の! 姫の! オッパイを! いつまで見てんのよ! もう!!」
そして、ノルンが自分のことを棚に上げて吠えた。
「良い!? エルルあんた、ぶりっぶりの若いメスなんだからオスの視線には敏感になること! 何よそのチチ! ケツ! 細っそいコシ! エッロい太モモ! 猥書モデルかあんたは!」
「…………ごめんなさい意味がわからないわ」
レドアン大陸を出発して、2週間。生理も終わり、体調は悪くない。リハビリは余りできていないから杖はまだ必要だけど、取り敢えずは。
オルス大陸上陸の準備は整った。
◇◇◇
「?」
港に着く前から。声が聴こえていた。ルフほどでは無いけれど、他の種族より聴覚はある方だから。
「…………なに、あれ」
甲板に出て、エルドレッドの隣まで来て。
目を疑った。
――エルル様――
――姫様――
――お帰りなさい――
そんな声が、沢山していたからだ。
「…………俺が知るかよ。さあ上陸だ。魔封具着けろよ。オルスに居る間は」
「あなたは?」
「俺は特例だっつの。天下の亜人狩り様だぞ」
「…………」
「……睨むなよ……」
◇◇◇
お帰りなさいエルル姫。そうデカデカと書かれた横断幕があった。意味がわからない。私はオルスでは、『殺人エルフ』として嫌われる立場だった筈だ。
下がってください。列を守って。危険です。警備員らしき人達が、必死に群衆を抑えている。
私を、歓迎しているらしき人達が、ぱっと見ただけでも100人以上。いやもっとだ。港に押し寄せている。
杖を突いて船から降りた私は、エルドレッドの横に付く。彼のことは信頼していないけれど、護衛として優秀なのは間違いないからだ。私は魔法が使えない。今は、彼の庇護下に居るしかない。
私を出迎えたのは、オルスの役人らしきスーツの男性だった。目付きの鋭い30代くらいの人だ。勿論ニンゲン。この場に居るのは私とエルドレッド以外全員ニンゲンだ。ノルンはまだ船内だ。人目に付くのは避けたいらしい。魔族のビジュアルは、ニンゲンには刺激が強いのだろう。
「オルス国警察庁国家公安局局長代理、ロン・マークスです」
「……国際警察機関亜人犯罪対策部一級捜査官、エルドレッド・ギドー」
ふたりは名乗ってから握手を交わした。ロンという男性は180くらいの長身だけど、2メートル越えのエルドレッドと比べると親子のようにも見えた。大きすぎるのだ。エルドレッドが。
「やあ、英雄に会えるとは」
「俺は影のモンだ。こんな場所で英雄なんぞと呼んでくれるな。局長代理殿」
「失礼。それで……」
ロン氏が私を見た。
……無感情。何も感じなかった。淡々と、業務的な視線だった。
「そちらがエルル被告……いや。オルス国指定特定文化的亜人保護区主任管理者、エルフィナ・エーデルワイス女王のご令嬢。エルル・エーデルワイス姫ですな」
「そうだ。身柄はあんたらに引き渡すが、俺はこのまま姫の護衛として同行する。そういう話だろ?」
「ええ勿論。では早速、馬車をご用意しております。こちらへ」
エーデルワイス。久々にその名を聞いた。母の名も。
やはり、私の身元がバレたのは母が関係しているのだろうか。
「きゃぁぁぁあっ! エルル様ぁ!」
特に、女性からの歓声が多かったように思う。意味がわからないまま。
私は無抵抗に、その用意された馬車に乗せられた。




