第158話 8年掛けて詰んだ勝負
震えた。その振動で目を覚ます。恐らくは、気絶していた時間は数分だ。
「おい……なんだ? 地震か?」
ニンゲンのひとりが天井を見上げて言う。
違う。私には視える。魔力だ。渦巻いている。空気が震えている。規模が違い過ぎて分かりにくいけれど。これは。
風の魔法だ。
「!」
バキバキ。
渦が、縮んでいく。小屋を囲んで、外側から剥がされていく。無理矢理木材を引きちぎる強力な力で、天井も壁も根こそぎ吹き飛ばして。
「うおお!? なんだぁ!?」
「ひぃぃっ!」
「動くな」
「!」
全てを破壊する嵐の中。冷徹な声が私達の耳に届いた。
エルドレッドだ。
「…………ニンゲン。殺されたくなければこちらへ来い。そのエルフふたりは国際指名手配犯だ」
「……えっ!?」
「………………!」
3人居た。
エルドレッドとワフィ。そしてもうひとり。牛の顔と、角の生えた女性。
足。靴じゃない。蹄だ。
牛のビーストマン……じゃない。
ミノタウロスの、女性。魔族だ。
彼女は私達を、心配そうに悲痛な面持ちで見ていた。
「ひっ……!」
ニンゲンの男性ふたりは這々の体で私達から離れ、向こうへ行った。
「………………」
駄目だ。頭が重い。高熱が出ている。
数秒、睨み合った。
小屋の跡地を中心に、竜巻がゴウゴウと渦巻いている。脱出不可能。
エルドレッドは全身に魔力強化を施しており、微塵も隙が無い。いや、隙を見せる気が無い。今は私達がたとえ全快の状態で全力で魔法を放っても傷ひとつ負わせられない。
逃げられない。この目視距離からは、絶対にワフィの探知魔法から逃れられない。
詰んでいる。
「…………まさか、4年もここに居たのですか」
ルフが、時間稼ぎを始めた。私に、打開策を考えろと言うのか。
「お前の入院中に、全ての港に通達してる。たかが4年だろ。俺達は何十年でも待つつもりだったぜ」
確かに侮っていた。
私はやはり愚者だった。
国際機関なのだ。私達が無事にレドアン大陸を出られる道があるとすれば。
砂海を抜けて、魔界を通るルートしかなかったのだ。
「さて。元ヒューザーズ……いや。今は違ったな。国際指定警戒組織『冒険者ギルド』冒険者パーティ『ニンフ』リーダーエルル、並びにメンバールフ。ここで死ぬか、大人しく捕まるか。選べ」
突き付けられる。彼らが捜査官として正しく。
私達が犯罪者である事実を。
「………………」
ルフは。
剣を降ろさない。
「……ルフ」
「エルル。……あなたに、委ねます。私は正直、ここであなたと一緒に死ねるなら」
「待って……」
戦っていない。まだ。
彼に勝つ為に、鍛えたのに。その土俵にすら。
「………………」
頭が回らない。私は動けない。けど、彼はそれ以上近付いて来ない。私達は既に死に体だけど、警戒は解いて貰えそうに無い。
私達ふたり合せてもなお届かない筋力と魔力を持つオスのエルフが、彼個人の才能を全て発揮して、世界最強レベルの実力を身に付けて。
そんな彼が、微塵も油断せず、死にかけの私達を臨戦態勢のまま睨み付けている。
「因みに」
「ん……」
何もしていないのに息が切れる。
エルドレッドはミノタウロスの女性を親指で差した。
「こいつは医療専門魔術師だ」
「……っ」
治癒魔法ではなく。医療魔術。あの、ミノタウロスが。
「待てノルン。まだ出るな。奴らが折れてからだ」
ミノタウロスの女性は必死そうにしていた。エルドレッドに制止される。
「だって! あんな……。ふたりとも重症よ!? 早く処置しないと、遺るわ! 二度と歩けなくなるわよ!」
私達を心配しているのだ。
「……もう、終わりだぜ。エルル。お前達は、よく頑張った……。逆に、ここからは俺が監視兼護衛として付く。もう、肉体的苦痛は誰にも負わせねえよ。安心しろ」
「………………」
目が合った。彼と。
真摯だった。
「………………」
決断の時。




