第157話 最も危険な種族との交渉
3日経った。
この場所は、まだ見付かっていない。私達はしばらく動けない。
「……森林エルフのメスがふたり。これだけで、きっと私達だと断定されたのね」
「恐らくは。……まさか4年前からずっと張られていたとは。甘く見ていました」
「……もう、解決するまでレドアンには居られない」
ヒューザーズ時代に何度も亜人狩りと対峙したルフも見誤った。それだけ、エルドレッドが私達に懸ける思いが強いのだろう。
「あの3人は、亜人狩りではありません。弱過ぎました。きっと現地駐在の国際警官隊だと思います。亜人狩りの、候補生と言ったところですね」
「…………なるほど」
確かに。せっかく3人なのに人数の利を活かせていなかったし、ハーピーは高所を取るというメリットを使わなかった。それに、ビーストマンには使えない魔法の種類があった。そして、私達を捕らえる、また殺すためにはあのドワーフの長巻は取り回しが悪いだけで過剰だった。
色々と杜撰だ。私達が生き残ったのがその証拠。
亜人狩りの候補生。連携と経験の差で勝てたけれど、やっぱりひとりひとりの実力は私やルフよりは上だったように思う。
遥か高い。エルドレッドに正面から勝つのはやはり不可能だ。
「ここが見付かる可能性は……?」
「なんとも言えません。敵の死体はそのままにしてしまっているので。ここは現場から1キロ程度離れただけの林ですからね」
落ち着かない。かといって、移動はできない。ルフも重症なのだ。左目が潰されただけでなく、ハーピーの爪によって全身ズタズタに切り裂かれている。私より多少マシだというだけ。後は恐らく気力だろう。まともに歩けるようには思えない。
◇◇◇
「誰か来ます」
「……っ」
ガサリ。茂みを掻き分ける足音。ふたつ。
ルフは剣を持って、私を守るように構えた。体力も魔力も、何もかも足りない。全く快復していない。けれど。
僅かな魔力は全てステルスと治癒に使っている。つまり、探知魔法が使えない。音の鳴る前に気付けたのは、単純にルフの耳のお陰だ。
「誰か居るぞ」
「あん? 乞食じゃねえだろうな」
声。ふたつ。
男性だ。小屋の入口。ここまで来ると分かる。魔力が無い。ニンゲンだ。
ニンゲンの、オス。
ギイ。ドアが開けられた。古小屋と言っても、私達が来てすぐ使える程度には清潔だったのだという。つまり、家主が居る。それを覚悟で、ルフはここを選んだ。今すぐ死ぬか、家主が戻るまで生きるか。その二択で。
「うぉっ……。エルフ?」
「…………なんだお前ら……。怪我?」
ズンズンと進み、やってきた。ベッドは私が占領している。その手前にルフ。
20〜30代くらいの、肌の黒いニンゲンだ。
「…………そうです。私達は大怪我を負って、快復の為にこの小屋を使わせて貰っていました。……できれば、あと数日使わせてください。動けるようになったら、出ていきますから」
まずは、ルフが話した。穏便に。戦闘になれば、いくら魔力の無いニンゲンと言っても危険だ。
違う。ニンゲンだからこそ最も危険なのだ。
「…………どうするよ?」
ニンゲンのひとりが、もうひとりに訊ねる。
「……んー。まあ、俺らも前からここは勝手に使ってるしな。所有者じゃねえし、文句は言えねえだろ」
この小屋は、何のために建てられた誰の小屋なのだろう。林の中にぽつんとある小屋。
「俺ら、まあ定職も住所も無え不良でよ。ここは宿代が無え時に使ってんだ。……まあ、そこそこ掃除はしてたりな」
「……なるほど」
緊張感が続く。ルフの息が上がり始める。今、この場は彼らが支配している。一か八かなんて、私達にはできない。ルフの負うリスクが高過ぎる。私は全く動けない。なんならもう、今、痛みで気絶しそうで。
「で、たまに女連れ込んだりしてる訳」
「………………」
ルフの剣を握る力が強まる。
「なあ、その剣、下ろしてくれよ。怖えよ」
「……私達は、警戒を解く訳にはいきません。今は特に、無防備で、弱っていますので」
「…………ふむ。じゃあこうしよう」
男性はパチンと指を鳴らした。
「快復するまで俺らがあんた達を守る。だから、快復したら一発。やらせてくれ」
私はその言葉を最後に気を失った。




