第156話 逆風に向かい固める決意
誰かが。ずっと。
手を、握ってくれていた気がする。
「エルル!」
「…………ぅぅ……。くっ」
熱い。
「はぁ……。ふぅ……っ。る、ルフ……ね」
「エルル! 良かった。少し、楽になりましたか」
「……はぁ、はぁ…………。そう、なの?」
目を開けた。動けない。目以外は動かせない。
森の匂いがした。懐かしい匂いだ。ここは、木の家か。
「動かないでください。寝ていてくださいね。…………エルル」
「ルフ。…………はぁ……っ。う……。ルフ」
「はい。ルフはここです。ここに居ます。……私達はまた、勝ちましたよ。亜人狩りを3人、殺しました」
「…………ルフ」
今もだ。左手を握ってくれている。魔力を感じる。優しい魔力。ルフのだ。一番よく知っている大好きな魔力。そうか。ずっと、手を通して治癒魔法を掛け続けてくれていたんだ。
なんとか、彼女と目を合せたい。ルフは座っているようだ。木造の床に、私は横たわっている。
「……はぁ……。ふぅ。あなた……も、怪我を」
「はい」
苦しい。けれど、多分前よりマシになったのだ。
ルフは、頭に……全身に包帯を巻いていた。血が滲んでいる。左目が隠れている。まさか。
「あなた眼が」
「はい。あのハーピーに潰されました。けれど一撃で仕留めましたよ。それからすぐにエルルの方へ向かったのですが、間に合わず。……エルルの脚が」
脚。そうだ。ここが痛い。熱い。今やっと気付いたくらいに、どこが痛いのか分からないほど痛かった。
左脚――……。
ある。
「……ここは、ペルクスの街道から外れた森林地帯です。あの後私はエルルと左脚を持ってここに隠れました。凍結を使って、血痕から追われないように。今はこの古小屋全体にステルスを掛けています」
「…………ぅっ。はぁ……っ」
絶対に呻いてしまう。苦しい。
「脚は、第一に治癒魔法を流し込みました。応急処置に過ぎませんが、いずれはくっ付く筈です。エルルも、亜人ですからね。これが純粋なニンゲンなら、難しかったと思います」
「…………あなたの、眼も……治る?」
「治りますよ。エルルの後で、自分で治癒魔法を掛けますから」
ある。
けれど、動かない。動けない。感覚が無いのか、あるのか。分からない。ただ痛い。この痛みは、脚の先から来るのか。そうでないのか。分からない。
「…………寝ましょう。エルルに必要なのはそれです。私が、守りますから」
「……待って。ぐ……。ふぅ……。私の荷物。フーエール先生の、薬、が」
「これですか。私にはどれがどれだか分からずで」
私は今回の旅で、ポーチとして常に身に付けているものがある。それがフーエール先生に貰った薬箱だ。絶対に役に立つと思って。今がその時だ。
「痛み止め。それと、魔力生成を助ける増幅薬。ルフあなた……が。はぁ。魔力を快復しないと」
「…………これですね。分かりました。痛み止めは、エルルですよ」
「……ええ……」
ルフは、この小屋に魔力ステルスを掛けながら、私に治癒魔法を施している。そんなの、保たない筈だ。どこかで、ステルスは私が代わる必要がある。
「……魔力ステルスは、私が……ぅ。やるわ」
「あなたは寝ているべきです。ただでさえ、治癒魔法の魔力で侵蝕が進むのに」
「今は、魔力侵蝕は良いわよ。……あなたが側に居るもの」
「………………」
ふたりで。
支え合うのだ。どれだけ逆風でも。不利でも。
必ず帰る。エデンへ。




