第154話 襲い来る理不尽の狩人
昼下り。
ルフと街道を歩く。人通りは少ない。1時間に1台程度、馬車が通るくらいだ。
「確かギルド支部があったんですよね」
「ええ。あの、ウラクトの亜人病院で私の世話をしてくれたディレが受付をやっていたのよ。他にも、友人が沢山居るわ。私が居候させてもらっていたファルという農商人の家族がシプカの南北で離れ離れで。……心配だわ」
シプカの南北戦争は一旦の休戦となった。休戦とは、終戦ではない。機が来ればまた再開されるのだ。
恐らくは、以前のように軽々しく国境を越えられはしないだろう。
そして休戦ということは、神正教の解釈論争はまだ終わっていないということになる。亜人当事者である私達にとっても、無視できないことなのだ。
「…………エルル」
「ええ」
私達は、間違えた?
4年前にすぐにとにかくレドアンを離れるべきだったのだろうか。
となると、私の魔法は弱いままだった筈だ。ルヴィにも再会できていないし、フーナにも会えなかった。
「後悔なんてしないわ」
目を瞑る。ふたりきりの街道。
『スタート』
頭の中で、フーナが呟いてくれた。
「氷柱生成」
200メートル先。茂みだ。大きな魔力がふたつ……いや、3つ。
「射撃!」
「!」
ドン。
爆発と共に、地面が捲れ上がる。当ててはいない。まずは威嚇だ。
「散りました。猛禽のハーピーひとり。犬のビーストマンひとり。砂地のドワーフひとりです」
「エルドレッド達ではないわね。現地の亜人狩りか」
私のエメラルドの目は、魔力を視る。加えてルフの聴覚。私達は探知魔法に頼らずとも、目視圏内であれば精密な索敵が可能だ。すぐに気付いた。待ち伏せされていると。
エルドレッドだ。きっと彼らが指示したのだ。私達が、レドアンから出られないように。
4年間。港を張っていたのか。
「上です!」
「ステルス解除するわよルフ!」
「!」
私はルフを抱き寄せて、気泡の魔法を使う。空気の球体で自分達を覆い、そこに魔力強化を施すことで硬度を上げた。
私オリジナルの防御魔術、『魔力障壁』だ。
ぐわん。
「うっ!」
「!?」
直後に衝撃。障壁がぐにゃりとへしゃげた。街道の石畳を割る。上方向から、ハーピーの男が突っ込んできたのだ。
大きい。ピュイアの3倍は体格がありそうだ。その巨体で魔力強化をして体当たりをする『オスの必殺技』。当たれば即死だろう。大きい身体と速度に物を言わせる、回避も難しい、私達メスにはできない攻撃方法だ。
だけど、防いだ。彼は私の気泡に弾かれ、地面と平行にバウンドした。
「体勢っ」
「はい!」
障壁を解除。ルフを撃ち出すように押す。駆け出す。彼女の魔力強化+私の風の魔法による加速。短い言葉の合図で分かっている。あのハーピーはルフが仕留めに行った。私はさらに突風の魔法を放ち、気流を生み出す。
「土壁!」
ドカン。
右からドワーフ。左からビーストマンの男性が突っ込んで来ていた。私の気泡の解除と同時に来たのだ。よく見ている。けれど、防いだ。
「これは無理だぞ」
「!」
ドワーフ。背丈は私と同じくらいか。両手で、巨大な長巻を持っていた。私の倍の長さ。そして肉厚。斬るより、叩き潰すことを念頭に置いた武器に見える。
「うっ」
視える。ドワーフの彼の魔力が、長巻に浸透している。こういう使い方もあるのか。魔力強化は、自身や魔法以外にも適用できる? 試したことはあったけれど、成功しなかった。ルフもフィールも知らない技術。特殊技能か特殊な素材の武器か。
ともあれ、アレを振り抜かれると今の私ではどんなに防御に魔力を注いでも無関係に潰れて即死することは明白だった。なんといっても、オスの魔力だ。とんでもない規格外の魔力量。そもそもの土台が違う。私達メスが張り合う土俵はそこじゃない。
「(魔力爆弾――)」
刹那の間。
私の動体視力は研ぎ澄まされた。迫りくる長巻の刃に圧縮魔力を合せて、その腹で爆発させる。
「!! うおっ!?」
斬撃の軌道が歪む。その間に入り、なんとか躱した。
「…………っ!」
けれど私を挟むもうひとりのビーストマンの剣が、私の心臓に迫っていた。




