第153話 権利のない国の差別
「ああ、もう定員だよ。次の船を待ちな」
「……そう。残念ね。それじゃ、また」
これで、4件目。
お金をきちんと払うと言っているのに。乗船を拒否されて。
立て続けに。こんなの、たまたまとは言えない。何故なら、定員ではないから、彼らはあの案内所で乗客を募っていたのだから。
それとも乗客となる『亜人の枠』が定員となったということだろうか。ニンゲンにはそんな枠は無いけれど。
「…………あからさまな敵対や拒否でない分、彼らはまだ優しいのかしらね」
そんな感想を抱いた。私達がすぐに引き下がったからか、彼らと揉めることはなかった。
「……申し訳ありません。私の考えが甘かったです」
ルフが謝ってきた。そんな必要は無いのに。
「ヒューザーズに居た頃は、ヒューイやヒートに付いていけば良く、あまり気にしていませんでした。確かに私は、亜人だけで船を調達するのはこれが初めてです」
「なるほどね。これが差別」
歩く度、水音が鳴る。どこかでコートを洗わなくてはならない。ずっと、生卵が着いている。
けれど、魔法は使えない。水の魔法と温風の魔法が使えれば今すぐにコートを綺麗にできるのに。
この調子だと、宿にも入れないだろう。
ふと、亜人を見掛けた。白い毛で覆われた長い耳。女性のビーストマンだ。ウサギ、だろうか。フードもコートも着ていない。
魔封具を兼ねた手錠が掛けられている。鎖に繋がっており、その先端はニンゲンの青年が引いている。
「ああ、私達は『野良』なのが変なのね。ニンゲンに飼われている亜人は、他のニンゲンから迫害は受けないのね」
ルフに言うと、彼女は視線をニンゲンに向けた。
「あれは貴族ですね。上質な革のベスト。胸に紋章。貴族の所有物に手を出す者は居ませんから」
「……なるほど」
言われて、港に泊まっているいくつもの船を視界に入れる。
紋章。
冒険者ギルドの革靴の紋章、またアーテルフェイスの片翼の紋章はやはり見当たらない。商会はここまで来ないのか、それともたまたま今は来ていないのか。
商会船があれば、直接エデンまで向かえるのに。
「どうしますか? 次の船を待ってもきっと乗せてはくれませんよ」
「……ギルドのある街まで戻りましょう。そこで紹介状を調達するのが早そうだわ」
権利。そう権利だ。
ニンゲンの街には、亜人の権利が無い。法を犯してはいないからすぐに何かなる訳ではないけれど、街全体が私達を拒否している。そんな空気感が漂っているように思う。
◇◇◇
街を出る。北西に街道が敷かれており、そこを辿って隣町まで行くことにした。
「ああ、言っておかなくてはいけません」
「なに?」
「『デミ』という言葉は、キャスタリアやオルスでは『差別用語』なので使ってはいけませんよ。向こうでは非常に忌避される最悪のワードです。公文書や新聞社などでは徹底的に排除される言葉です。レドアンでは普通に使われているので感覚がおかしくなりそうですが」
「差別、用語」
「差別をする目的の為に使われる言葉のことです」
「……そうなのね。分かったわ。エルゲンと似たようなものね」
「そうですね。自称する場合は問題ありませんが、例えば親亜人国でニンゲンが使うとその場の亜人全てが立ち上がって戦争開始してもおかしくありません」
「…………ニンゲン社会も、揺れてるのね。亜人を排斥したい保守派と、過剰に優遇しようとする変な派閥と」
「そうみたいですね。それと、さっきのペルクスで耳にしたのですが」
「ええ」
ルフは耳が良い。私より優れている。単純な身体能力だからだ。
「南北シプカの宗教戦争が終わったようです」
「えっ!」
彼女が口に出したのは、シプカのこと。キャスタリア大陸の、私が12の頃、冬の間滞在していた国だ。あれからもう8年か。
シプカは南北に分かれて戦争をしていた。切っ掛けは『神正教』の解釈を巡る対立だ。つまり、亜人を人と認めるか否か。私は亜人を認める主張をしている南シプカで冬を越した。
どうなったのだろう。南北で対立して、家族が離れ離れになってしまった人達も居た。
「結果、完全にふたつに分裂して、それぞれ別の国として再建したようです。キャスタリア国際大陸議会が間に入り、国境線が引かれ、一旦は休戦となったようです」
「!」




