第152話 ただ歩くニンゲンの街
この2年で、ルフは魔力ステルスを修得した。つまり、私達はふたりとも、魔封具をしなくとも探知魔法を掻い潜れるようになったということ。
けれども、魔封具に似たブレスレットを装着している。ニンゲンの多くの街では、法律で定められているからだ。そして、魔封具を着けているというアピールが必要だ。
その上で、耳を隠す為にフード付きのコートを着る。
騒ぎを起こさない。潜むこと。これが大事だ。亜人狩りに見付かる訳にはいかない。特に港町は、亜人狩りが多いのだという。私達の敵は、エルドレッド達だけじゃない。
街ゆく人々の中にも、同じようにしている人が居る。あれも亜人だ。皆一様に、道の端っこを急ぎ足で歩いている。
ケルス国、東の港町ペルクス。
「……何か食べる? 大砂漠でもアラボレアでも使わなかったから、まだウラクトでシェノから貰ったお金があるわよね」
「そうですね。ただ、お店は選ばなければいけません」
「どうして?」
「レドアンはキャスタリアとは違います。『デミフレンドリー』を掲げたお店でないと、何をされるか分かりませんから」
「…………なるほど」
大きさの異なる石を綺麗に平らに磨き上げて道として街に敷き詰めるニンゲンの技術には毎回驚く。久々の感覚だ。ずっと、砂漠か山道かの地面だったから。
規則正しく並べられた建物。人々は清潔な服を身に着けている。臨戦態勢を取っている人は居ない。魔物の気配すら全くしない。
ここは自然界ではなく。安全が確保されたニンゲンの世界。
「……亜人……ね。酷い言い方」
「同じ亜人差別でも、大陸が違えばその歴史や社会的扱いも違います。4年前は一目散にウラクトへ向かったので、こうしてじっくりレドアンの街を往くのは初めてですね」
「ウラクトは国全体が『デミフレンドリー』だったという訳ね」
「逆に、オルスではデミフレンドリーという言葉自体浸透していません。表立った差別は少なく、本心を建前で隠すのがオルスの特徴です」
◇◇◇
べしゃり。
「…………エルル」
「ええ。生卵ね」
目立つことなく。騒ぎを起こさず。
「……私はエルルの性格的に、難しいと思っていました」
「そうね」
視線と音には気付いていたから、避けることは可能だった。路地裏……いや、建物の2階からだ。私の鼠色のコートの裾に、ぶつけられた。
構わず進む。
「本来の私の性格なら。魔封具もフードもしないし、あれは避けるし、犯人を問い詰めるでしょう。けれど、それは亜人狩りを呼び寄せることになる。……私の目的は冒険。恐らくいずれは、そうするけれど。今はそれよりも、早くエデンに帰りたいのよ」
「…………エルル」
しかし不思議な体験だ。街を歩いているだけで生卵をぶつけられるとは。犯人にとっても、食料を減らす愚策だと思うのだけど。何か精神的な見返りがあるのだろう。
「邪魔だ。クソエルフ」
通りすがりに言われた。振り返ると、もうその人は人混みに紛れていた。
「…………エルル」
「ええ。これがそうなのね。レドアンらしくなってきた……と、言えそうね」
多分私は、この数年の修行で自信が付いたのだと思う。この旅で、色んなことを経験して知った。今だって、やろうと思えば彼ら犯人を今から探し出してふん捕まえて魔法で殺すことが現実に可能だ。
やらないけど。
だから、この程度では何も動じなくなったのだと思う。
「…………食事はやめておきましょう。先に船ね」
「はい」
今日も暑い。こんな日にフード付きコートを着ているのは亜人くらいだ。だからといって、脱げば目立つ。そして、コートを着ていない亜人は生意気に映るらしい。
ここは、ニンゲンの暮らす社会だから。




