第151話 焦るニンゲンの乙女心
結婚。
男と女が『つがい』となること。それを、人の社会で認めること。
どんな国の法律にも明記されている。けれどこれは、制度ではない。
『法律』の概念が生まれる遥か以前から、人同士はつがってきた。だから、結婚とは国が出来て新たに作られた法律制度ではなくて。国という新しい概念が無視することのできない『古い根源』のことだ。
それは生命の新たな誕生。繁殖。生物としての目的を果たすことと深く繋がっている。
子を授からない夫婦、また同性婚などというのは、結婚という言葉が生まれたこと、国が作られたことによって創造された、『制度』に合せて産まれた価値観なのだ。
「…………綺麗だったわね」
「はい。……トヒア殿を思い出しました。種族は違えど。どんな人の社会でも、祝福されるものですから」
ドワーフの姫、フーナ・アラボレアは。私達の滞在中に結婚式を挙げた。相手は同じ山脈の別の山の王子だった。昔からある程度の親交はあったようだ。特に問題は起こらず、華やかに行われた。
種族的に貴重で大切にされるメスのドワーフ、加えて彼女はアラボレア王家の三女。これでもかと着飾り、それはもう美しい花嫁だった。高山に咲く色とりどりの花弁が舞う中、ふたりは結ばれた。
あれが、結婚。
「…………あれ。ルヴィとエドフィンはしなかったわね」
「ああ、砂漠のエルフはああいう文化ですから。結婚という概念はそもそも無いみたいですね」
キノの誕生を見て、エデンを発ち。
ルヴィの出産を見届けて、大砂漠を後にして。
ドルフの産声を聞いて、高山を降りた。
「私が行くところ皆、子を産んでいるわね。何故かしら」
「シンプルに答えるなら、出会う人が皆年頃だからですね。そりゃ、そうなります」
「……なるほど」
来た道は使わない。私達は東回りに、大砂漠を迂回して北へ進んできた。ガルバン王国には寄れなかったけれど、また来れば良い。今は、帰路。
4年半振りに、エデンへ帰るつもりだ。
「じゃあ次は私達の番?」
「…………あの、エルル。今一度確認しますけど、まだ私達はジンに何も言ってませんよね」
「………………」
ジンに会いたい。この4年で、どう成長しているだろうか。私も成長した。胸だって、さらに大きくなった。最近はなんだかお尻まで膨らんできたんだから。
「…………ジンが他にメスを作っている可能性」
「全く無いとは言えませんよね。まあ、年頃のオスが4年半『お預け』食らっているのです」
「ルっ。ルフはそれで良いの?」
「私はハーレムを了承してますし。既にジンが誰かとつがいになっているなら、そこに入れてもらうだけです」
「………………ああ、そういう、考えも……」
胸の奥が痛んだ。
私はルフとは、考えが違うのだ。
絶対に、ジンを他の誰か知らない女に奪われたくないと強く思っている。今、それに気付いた。
ルフは良いのだ。何故だろう。
「……早く帰りましょう。とにかくジンに会いたい」
恐らく、『これ』はニンゲン特有の感情なのかもしれない。
独占欲。今自覚したのだ。でなければ、あの時。何も言わずにジンを置いて出ていったりしない。ジンの心を手に入れたいなら、5年も会わなくなる今の旅を始める前に、必ず求愛をすべきだった。
私は身体の成長と共に、その精神も。
ニンゲンとして成熟しようとしている。
焦る。
ジンに会って。顔を見て。安心したい。彼がまだ、私を。私達を好いてくれていると確かめたい。その確証が欲しい。今すぐ。
「……街に入ります。魔力ステルスを」
「ええ。ここからは、『ニンゲンの縄張り』ね」
キャスタリア行きの船に乗って、どこかの港でアーテルフェイス商会の船に乗り換える。そうすればすぐだ。
早く。




