第150話 エルフの姫と魔法の才媛【第6章最終話】
『スタート』
合図と同時に目を閉じる。
私の暗黒の視界に、宇宙が広がった。
点は光。星々はそれぞれ、別々の色をしている。クリームイエローはルフだ。赤茶色はフーナ。
他にも5、6個。星がある。それらは決まった軌道では動いていない。それぞれが別々に、高速で縦横無尽に移動している。
視野が足りない。私は目を閉じたまま、自身を中心に俯瞰視点になる。もっと、遠く。高く。
全部で、観測できる星は13個になった。
「水塊生成」
左手で、水の塊を作る。凍らせるつもりだから、水浸しじゃなくて良い。
「変形」
その水を、凍らせる時の形に変形させる。氷柱だ。円柱。底には、円の中心から真っすぐ、筒を取り付ける。
「凍結」
筒の付いた円柱の氷柱が完成する。
それを、13個。
「魔力爆弾」
同じく、魔力を圧縮した小さな爆弾を13個。その筒に入れる。
その状態で、私より上空数メートルまで上昇させる氷柱で出来た、針の玉。
準備は完了。
目を、開く。
「氷柱射撃!」
ドン。
13個の氷柱の背が爆発し、それぞれが向いた方向へ勢いよく直進を始める。
森へ。木々へ。崖の裏へ。
「うぐっ!」
「うおお!」
「ぎゃっ!」
そんな声が遠くから聴こえた。
◆◆◆
「今日の命中率発表ですわ。当たった者は手を挙げなさい」
フーナとルフと、護衛のオスドワーフ達10人が集まる。私の前に並んで、おずおずと手を挙げ始めた。
…………10名。
まあ、手を挙げなくともビシャビシャに濡れている人は居るけれど。
「10! 命中率10/13! 76%ですわ! 新記録ではなくて!? エルルさん!」
フーナが飛び跳ねてくれた。けれど、私は納得していない。
「ルフには避けられて、フーナには防がれたわね。あと護衛隊長にも防がれた」
「……いや、エルル姫。俺達皆、動きながら上方向に土魔法の壁で防御してたんですよ。俺とフーナ様の壁以外全てを貫いたとか、これちょっとエグくないですかね」
「…………そう?」
2年。
経った。
私は20歳になった。
◆◆◆
「……氷柱生成」
この2年で私がフーナと協同で開発したのが、この『複合魔法省略魔術』だ。
水を生成して形を整えて凍らせるという手順をひとまとめにして発生させる。全く同じ魔力の使い方だから、それを覚えれば簡単に再現できるようになる。
今。何も無い空中に、既に圧縮魔力が固定された円柱の氷柱が現れた。これで魔力消費量も時間も大幅に短縮される。
後は狙いを定めて圧縮魔力を解放するだけ。
「射撃!」
ドン。
パカン。
氷柱は問題なく飛んでいき、目標の岩を破壊した。
「……火の玉飛ばしと同じ間隔で射撃できるわね」
「完成ですわね……! エルルさん、本当に本物の天才ですわよ。これ、魔法使いの大革命ですわ……!」
「私はアイデアだけよ。具体的な魔術理論を固めたのはフーナじゃない」
「エルルさん。『ひらめき』というのは、知ってしまえばああそんなものかというものです。しかし、最初に誰もひらめかねば、百年千年1万年、誰も気付かない。そういうものですわよ」
フーナレベルの魔力圧縮の操作には、長い訓練が必要だと思った私は、早い段階で『筒』を思い付いた。そこからは、探知魔法の訓練と、筒を用いた射撃の訓練。それに2年費やした。途中でこの省略魔術を思い付いて、今日まで最終調整を行っていた。
「さて。では行くわね。ありがとうフーナ。護衛の皆も。勉強になったし、楽しかったわ」
「ええ。わたくしにとっても有意義な2年間でしたわ。またお会いしましょうね。エルルさん。ルフさん。わたくしもいずれ旅をしますから、出会った時はまた魔法交換会をいたしましょうね」
「ええ。お互い、その時はさらに魔法魔術の知識と技術を持っていそうね」
「ふふふふっ。効率良いですわねぇ。楽しみですわぁ。ふふふふ…………っ!」
産まれたばかりの、赤ん坊を抱きながら。フーナは恍惚の表情を浮かべて揺れた。
「ドルフもまたね。……また会う時は忘れているでしょうけど」
予想通り、フーナは男児を授かった。女児ふたりというノルマは始まったばかり。
「麓までお見送りいたしますわ」
「ありがとう」
ドワーフの国での生活が、終わる。
「魔の道を往く者同士。その道はまた、交わりますわよ」
「ええ。元気でね。フーナ」
「お世話になりました。フーナ姫」
「エルルさん達こそ。亜人狩りになんて負けてはいけませんわよ?」
「勿論。ここでの学びを無駄にはしないわ」
大切な友人と、再会を誓って。




