第15話 道具となり手段となる求心力
「エルル様」
ルフは、他のメイドとは違う。私を名前で呼ぶのだ。
これについて仮説はある。彼女は冒険者ギルドから来たということ。
私に対して、今ここが巨大森だから、立場上敬うような言動だけど。一歩『外』へ出れば、同じヒトとして、対等。そういう主張の顕れなのだと思う。
彼女の帰属意識は、巨大森ではなく冒険者ギルドなのだ。
ありがたい。
「なあに? ルフ」
「そう言えばお伺いしていなかったのですが、エルル様はいつ、森を出られるご予定なのですか?」
私は昔、立場というものが嫌いだった。何故、あの子達のように遊んではいけないのか。何故、大人達が頭を下げてくるのか。不愉快で意味不明だった。
人は本来対等である。成長した今も、そんな言葉を大人達から聞く。ならば何故、私は姫様なのか?
これについてはある程度、自己解釈で納得している。ある時気付いたのだ。立場とは、大人数の心をまとめるのに非常に効率的なのだと。
皆がエルフの姫を讃える。すると、連帯感と帰属意識が生まれる。犯罪は減り、治安は良くなる。
私達は同じ人物を姫と讃えている仲間だという連帯感だ。
私がたったひとり、姫として犠牲になることで。多数が救われるのだ。どれだけの数を救えるのかは、私の姫としての実力……求心力にかかっている。
やはり私は、全てを捨ててまで、外へ出て冒険には出られない。そういう出自と立場で、責任がある。
けれど、ヒューイやこのルフにも立場はあった筈だ。誰にでもある。たとえ一般家庭でも。貧民でも。その者にはその立場がある。
彼ら冒険者は、それを捨てて来たのだろうか。それとも、何かしら決着を着けて来たのだろうか。
それが冒険者になる資格だとしたら、私は歪んでいて疑っている故郷を、それでも捨てられない。
やはり愚者なのだろう。
「どうしようルフ。何も決めて居ないのよ」
「ふふっ。かしこまりました。では一定の基準くらいは決めておきましょうか。私の知らぬ間にふらりと森を去られても困りますから」
「えっ。そんなことしないわ?」
「――分かりませんよ。ヒューイの見立て通り、エルル様には高い冒険者適性がありますから。思い立ったその日にはもう、巨大森どころか大陸さえ出ていってしまわれるでしょう」
「そ、そんなこと……」
強く否定はできなかった。思い当たる節があったからだ。
最近私は、風の魔法を使って空を飛ぶことを覚えた。これでいつでもどこへでもゆける。
もう、飛べない雛ではない。既に私は翼を得た。巣立ちの準備はできたのだ。
その訓練を見ていたから、ルフはこのタイミングでそう訊ねてきたのだ。
私はもういつでも飛べるから、何も考えて居なかったのだ。
「でも私、冒険者になるとはまだ決めきれないわ」
「ええ。構いません。ですが一度、ギルド本部へ来ていただきたいのです。私の仲間達を、エルル様に紹介させてください」
「…………そう。分かったわ。もう」
何故かルフは、焦っているようだった。
「良かったです。これで安心しました」
「そんなに?」
「はい。私はエルルをお誘いする為だけにここに来ましたから。ヒューイの侵入が無ければ、本来私達は一生会わなかったのです」
「一生? そこまで?」
「はい。私は、現代の勘違いフェミニストが大嫌いですから。この森にも近付きたくは無かったのです」
「えっ」
また知らない単語を重ねられた。それよりも、それが意味するのは。
「……じゃあ、ルフは今、嫌いな考えの人達に囲まれて暮らすことを我慢して、私に会いに来てるの?」
「…………」
ルフは言葉で答えなかった。その代わり、薄く微笑んで、私を見詰めてきた。その魔力は微塵も乱れていない。
「……冒険者ギルドは、私を使って、何をするつもりなの?」
私の方が動揺して、口が滑ってしまった。




