第148話 魔素満ちる不可思議な世界
魔力。
この身体に漲る力。
この世界には『魔素』という元素が満ちている。呼吸によってそれを体内に入れて、心臓近くにある魔臓に溜め込む。魔臓内で魔素を魔力に変換して、それを身体中に流している。心臓が血液を巡らせるように。
身体の先端に、魔力を放出する微細な穴がある。ニンゲンと比べて、汗腺のいくつかが変容したものだと言われている。『魔腺』と言う。
そこから魔力を放出して、魔法を扱うのだ。
「そうそう。そうですわ。後は……まあ、一度やってみてくださいませ」
魔力。
最も基礎的な性質として、『物を動かす』というものがある。
とりわけ、私は風魔法が得意だ。空気を動かして風を作る。この要領は他の魔法にも応用できる。空気の次に水がやりやすい。火は摩擦を起こして着火させている。
「……凍結」
円錐の氷柱をひとつ用意する。これくらいならば風を使わなくとも滞空させられる。
氷柱の背に、魔力を込めた。大きな魔力を、圧縮するのだ。解放した時に、推進力となるように。
それが、射撃という魔術の基本。
「氷柱射撃!」
圧縮した魔力の塊を解放する。すると魔力は小規模な爆発を起こして、氷柱を吹き飛ばす。
……ぶんぶんと高速で回転しながら、あらぬ方向へと飛んでいった。
「ほらぁ。難しいでしょう?」
「…………これを氷柱の背に真っ直ぐ当てて、回転させずに、狙いの方向へと飛ばす。…………とても高度な技術よ。相当訓練を積まないと」
「ですが、できるようになれば魔法使いとしては一段レベルアップいたしますわ。遠距離攻撃魔法の威力と精度はそのまま、武力向上に直結しますもの」
「……フーナはどれくらい訓練したのかしら」
「わたくしはぁ……。射撃魔術はドワーフのものではなくて、王国との貿易で知りましたのよ。確か、5年前だったかしら。それからずっと使っていますわ」
「…………5年」
こんな、繊細な技術と感覚が必要な魔術を。フーナはいくつもの氷柱を色んな方向に浮かべて、それらを全て任意の方向に真っ直ぐ射出していたのか。あの、切羽詰まる戦闘中に。
凄まじい集中力と技術力。彼女は立派に魔術師として、賢者なのだ。
魔力量にものを言わせて力任せにただ魔法を振るっていた私とは天と地の差だ。
「…………ルフ。私、これをきちんと実戦で使えるようになるまで練習したいわ」
エデンから出発して、そろそろ3年が経とうとしている。この次の冬を越えれば私は19になる。
ここに何年も滞在するとなると、もうジンとの約束である『5年』の終わりが見えてくる。これ以上、レドアン大陸での冒険はできない。
「私は、エルルに付いていくだけですよ。ここからエデンへ帰るのに、徒歩だと最短でも2ヶ月は掛かるでしょう」
「なら、2年くらいが目処ね。フーナ、良いかしら」
「構いませんわよ。お客様おふたり分程度、場所も物もご用意させていただきますわ」
「いえ、きちんと払うわよ?」
「エルルさん。わたくし達は既に『魔法交換』という条件で合意しましたわ。ですので、その期間はエルルさん達が気にすることはありませんのよ。さあほら、次はわたくしの魔力ステルスの練習にお付き合いいただく番ですわ。見ていらして?」
大砂漠に2年滞在した。そこで、攻撃魔法の基礎を学んだ。
ここでも、フーナから魔術を学べば。私達の冒険はさらに快適になる筈。
「……どう、ですの!?」
「…………普通に魔力を感じるわ。それは逆に魔力濃度を上げちゃっているわよ。『留める』という感覚をまず養う必要があるわね」
「難しいですわ〜っ! こちらの方が、単純な鍛錬よりセンスを問われるじゃありませんの。射撃より難しいですわよ!」
「そうかしら」
また、来れば良い。今度はジンも一緒に。やはりたった5年じゃ、大陸ひとつ見て回るのは不可能だ。
まだまだ知らないことがある。それを知る度に、高揚する。
ぷるぷると力を入れて震えるフーナを見て、可笑しくなった。




