第140話 環境に適応する種族
「はぁ……っ。はぁっ」
息が苦しい。何故だ。私だけだ。フーナは勿論、ルフだって変わらない。
「うっ……」
「エルル!?」
頭が痛い。吐き気がする。遂に、しゃがみ込んでしまった。
ルフが駆け寄って来てくれる。
「……あらぁ。何か持病が?」
フーナは不思議そうな声を出した。彼女は、普段から高山に住むドワーフと異種族の違いを知っている筈だ。その彼女が首を傾げるということは。
「…………持病は、無いけど。私は『エルゲン』なのよ」
「まっ!」
景色は綺麗な緑。澄んだ空。
回る視界。
「それは大変ですわっ! どうして仰らなかったの! 『高山病』ですわっ!」
高山病。
また、ニンゲン特有のものだろうか。
駄目だ。とにかくしんどい。息が苦しい。
「今すぐ引き返しますわよ。高度を下げれば治まる筈ですわ!」
「…………待……」
フーナの護衛が。数人で私の身体を担ぎ上げた。
そして反転。坂道を高速で降っていく。
「エルルっ!」
「………………っ」
抵抗できない。男性に、腕や脚、腰を掴まれている。私は動けない。とても力強い。そして、丁寧だ。視界は高速で過ぎていくけれど、揺れない。まるで乗り物のように。
「………………高、度を。下げ、れば……?」
高山病。初めて聞く。高度が上がれば発症するのだろうか。ならば、一度私が宇宙まで飛び上がった時には、何故発症しなかったのだろう。何が違うのか。
「エルルは何かの病気なのですか」
「違いますわ。『気圧』という概念が、この世界にはありますのよ。その急激な変化に、ニンゲンは対応できないのですわ」
「……気圧……!」
「空気が薄いのですわよ。高く登れば登るほど。酸素が身体に上手く行き渡らないのですわ。亜人の身体には、皆共通して気圧の変化に対応できる仕組みがありますけれど。エルルさんがニンゲンとのハーフと仰るのであれば。それが原因ですわね」
空気。
地上と高高度で、空気の濃さ薄さが違うのだ。急激な変化。ああそうか。ニンゲンよりも、ドワーフの速度で登っていたから。
「ここはもう標高3000メートルを越えていますわ。たった1時間でそこまで登るのは、ニンゲンの脚では通常不可能ですわよ。恐らく少し前から体調の異変はあった筈。あなた、頑張り屋さんなのですわね。けれど、すぐに報告しないと、こうなりますわよ」
「…………っ」
あの時。
宇宙へ行った時は。
「うおっ!?」
「ちょ!?」
「エルルっ!」
こう、していた。
私は地上と同じ成分の空気を生み出し、自身を球体に覆った。そうか。これをして飛んでいたから、気圧差による体調不良は起きなかったのだ。
私から弾かれたように、男性ドワーフ達の手から離れる。その場にふわりと浮いたまま、私はだらりと球体の中心で身体を垂らす。
「……空気の、バリア!? 一体どんな、なんという魔法ですのっ!?」
「ひ、姫様、こんな時まで……」
そんな会話が聴こえる。ああ、少し楽になっていっているかもしれない。酸素を。空気を。
もっと。
「………………」
きっと。
ニンゲンが特別弱いのではなくて。亜人が、特別に強いのだ。
この地に降り立った『九種族』は、魔人族以外、元は皆ニンゲンの祖である『人族』であった。
多種多様。
様々なこの世界の環境に合せて、様々な『亜人』に枝分かれしていったのだ。
環境への適応。亜人の主旨はそれだ。
私にだって、魔法がある。魔法は万能だ。私は色んな種類の魔法を扱えるマルチウィザード。
どんな環境にだって。適応してみせる。
それが、ニンゲンの筈。
「…………名を付けるなら、そうね」
ふわり。着地する。驚くほど、穏やかだ。嘘みたいに、体調は快復した。時間にして、15分程度で。
「風の魔法ではなく、空気の魔法。……『気泡の魔法』かしら」
「……素晴らしいですわ。エルルさん。魔素に愛されていますわねぇ」
眼を開けると、フーナが自分の髭を撫でながらうっとりとこちらを眺めていた。ルフに目配せして、私も口を開いた。
「迷惑掛けたわね。もう大丈夫よ。さあ、登りましょう」




