第134話 高揚する戦いの基本
「良いですか姫様。戦いの基本です」
ルフは、冒険者だ。戦士や兵士じゃない。冒険者の相手は大自然や魔物だ。対人戦闘は想定していない。
だから、専門家に聞くべきなのだ。ルフも当然、知識と経験はあるけれど。できる限り、貰う知識と情報は正確な方が良い。
私もルフも、まだまだ若輩者なのだから。
「ええ」
里長の娘。名前はフィール。この里に滞在中、私の世話を色々と焼いてくれる人だ。立場的には、『里姫』と言うらしい。つまりは砂漠のエルフの、姫ということ。私と同じだ。
なのに、私を姫様と呼び、世話を焼いてくれる。なんとも不思議な感じだけれど、私はこれに慣れないといけない。
今後、どのエルフの集落に行ってもこうなる可能性が高いから。
「相手から見付からないこと。相手より先に相手を見付けること。不意を討ってこちらの損害無しに相手を無力化すること。……これが基本です」
「……基本。不意討ちが。……そうね」
「心当たりが?」
「ええ。亜人狩りと戦った二度とも、不意討ちが効果的だった。それで逃げ延びられたのよ」
一度目はラス港にて。逃げたと思わせておいたピュイアがフルエートの視界の外から体当たりをしてくれた。お陰で彼を殺すことができた。そのまま逃げ切れた。
二度目はウラクト旧市街地。私は覚えたばかりの魔力ステルスによって気付かれずに、背後からナイフを刺してエルドレッドに重傷を負わせることができた。
あの時は無我夢中で、我武者羅だったけれど。良い選択ができていたらしい。あれが、基本。
「良いですか。戦闘に入るということ自体、既に『次善策』です。最善は、戦わずに勝利すること。特に私達女性にとっては、戦わないことに越したことはありません。結局地力では、男性に勝てませんから」
「それは身を持って痛感しているわ。私達が今生きているのは運が良かったに過ぎない」
「はい。武術の試合ではないのです。『お互いに見合って位置についてよーい始め』などという戦闘は、実戦ではありえません」
「……そうね。いつもいきなり、戦いが始まる」
「そこに、私達女性の勝機があるのです。例えば……相手が睡眠中であれば。殺すのに筋肉や体格、戦闘技術など必要ありません。ただナイフを刺すだけ。子供にでもできます。たったそれだけで勝利なのですから。そういうシチュエーションでは男性の筋肉的、魔力的な強さなど意味をなしません」
「……確かにそうね」
「ですから、考えるべきは如何にそのような状況を作るかです。つまり……」
フィールは里姫……次世代の里を引っ張っていく政治家の卵だ。当然に、軍事の専門家でなければならない。今の私の教師としてこれ以上無いほど好相性なのだ。
「……エルドレッド達から見付からずに先に見付けることは殆ど必須なのね。罠や不意討ちを使って、そのような状況まで持ち込むこと」
「その通りです。流石です姫様」
「でも、向こうにはドワーフが居るのよ。探知魔法がある限り、それは困難だわ」
「姫様は魔力ステルスを使えます。これは誰にでも使える訳ではない、高等技術です。それに、自ら魔封具を装着するという擬似魔力ステルスもあります。これは、ニンゲン社会を知っている一般常識のある亜人なら絶対に選択しない使い方です。魔封具とはニンゲンの作った差別の象徴ですから」
「…………」
「これでまずひとつ、不意を突けました。これで、『相手から見付からない』はクリアできます。相手の探知魔法を無効化したのです。条件は五分まで上がりました」
基本。
面と向かった直接戦闘ではなく。子供の遊びのような、隠れたり追い掛けたりすることが、基本。
これまでの私には無かった発想だ。戦闘で強くなることばかり考えていた。
勉強になる。
命が懸かっているのに。
少し、高揚している。




