第133話 虐待されてきた最下位
「水浸し」
水を、操ることを覚えた。今までは風を使って間接的に、無理矢理動かしていたものだ。水分に含まれる魔素の感覚を掴むことに成功した。砂漠のエルフにはある意味で必須なのが、水の魔法だ。
私の創り出した、人ひとりが入れるくらいの大きさの水の塊を、空中で制御する。しながら、風でも動きを調節する。
頭をすっぽりと私の魔法に包まれたサンドワームは、その水溜りから出ようと必死にもがく。
びたんびたんとのたうち回る。水を取ることができない。突き抜けられない。
やがて、動きは小さくなる。しばらくすると、完全に動かなくなった。
サンドワームは虫のような外見だけれど、気門が無いらしい。節足動物ではないのだ。だから頭を抑えただけでこうなる。つまりは、虫ではなくて、そういう見た目の動物なのだ。
あれで溺死したのだから。
「…………完璧だな」
「ほんと?」
私にこれを教えてくれたルヴィが、隣で唸った。
「今のが、水の強さだ。バカは特性を理解せずに何でも運動エネルギーにして撃ち放ちがちだがな。水ってのは、もっとえげつない運用ができる。音もなく、人を殺せる。ニンゲンにゃあ回避不可能、防御不可能、脱出不可能だ」
「…………でもこれ、空気を生み出せる魔法を使う相手には効かないわよね」
「ああそうだ。亜人狩りはこの程度で殺せねえ。だが、隙は作れるぜ。何よりニンゲンに対して効果的だ。目立たず音も立てず殺せるって所が、社会で使える。街中で、オフィスで、いつでも使える。その事実さえ持っときゃ、いくらか気は楽だろうよ」
えげつない。確かにそうだ。溺死なんて、苦し過ぎるだろう。拷問だ。
……火炙りとどちらが苦しいかは、分からないけれど。
「これが、攻撃魔法なのね」
「おう。そういやオルスで習わなかったのか。かーっ。『生きる力』を教えねえって、それもう虐待だぜ」
「…………オルスの法律があるのよ。あの大陸の亜人は全て管理されてる。私だけが、たったひとり。……身元不明だった」
「バレたらやべえよな。国が追ってる犯罪者が女王の娘だって」
「母の耳には入ってる筈。公表して私を被害者だと擁護していないということは、何か考えがあるのだと思うわ。それも含めて、私の好きにして良いのかも」
「まあ、今更お前とエルフが全ニンゲンの敵になった所で、お前には関係無いもんな」
「……言ってしまえばそうなのよね。巨大森を巻き込むのは少し悪いと思うけれど。でも、母は何かきっかけがあれば、あのフェミニストの国を潰したいと考えていてもおかしくないのよ。最後に、それを仄めかしたもの」
「…………完璧に女王を演じる実力があるから、お前に仄めかしたのは何かのサインだと」
「ええ。母は賢者だから。どこまで見えているのかは私には分からないけれど」
今日は里の外に出ている。戦士達の護衛付きで、私の覚えたての魔法の実戦訓練だ。
サンドワームは人を丸呑みできそうなほど巨大な虫だ。中身は筋繊維より液体の成分が多く、食用には向かない。
「忙しいのに、ありがとうルヴィ」
「はっ。オレはまだまだヤレんだが、オスはそうもいかねえからな。あいつの精力回復中は暇なんだよ」
「…………そうなのね」
「ん? ……まさかエルル、基本的な性教育も受けてねえのか?」
「ええ。知らないわ。メスについては、エソンで少し教えて貰ったけれど」
「あー……。ほんと、オルスってクソだな」
「………………男性の、知識」
怖いのは、知らないからだ。
私はルヴィを尊敬している。私にできないことを、さも余裕という表情でやるからだ。
メスとして。彼女の方が上なのだ。
いや、私が世界中で最下位のメスなだけなのだけど。




