第132話 一生続く心的外傷
ルヴィが産む子の父親が決まった。やはりエドフィンだった。彼は大きい。そして強い。
狩りで鍛えた身体だけど、定期的に里中のオスエルフを集めて開かれる格闘大会でも常に優勝候補だと言う。100年200年のベテランを退けて、だ。
里最強。最強の、砂漠エルフなのだ。
エルドレッドとどちらが強いだろうか。最強の森林エルフが恐らく彼だ。
つまりは、私はエドフィンを目標に強くなろう。単純な魔力と体力では敵わないから、別の戦法で。
「見ますか?」
「へっ?」
ルフが、変なことを訊いてきた。私も変な声を出してしまう。
「ルヴィとエドフィンの『交尾』です。一応、昨日本人達に許可は取っています。見学すれば、良い経験になるのでは? エルルは特に――」
「ちょちょ! ちょっと待って!? なにそれ!」
一気に顔が熱を帯びるのが自分で分かる。
ルフはいつも通り無表情だ。けれど分かってる。これは私の慌てる様子を楽しんでいる無表情だ。
「エルル。あなたは性行為について知らなさすぎる。無理もありませんが、変な幻想を抱いています。別に、大したものではないんですよ。ただの交尾です。繁殖行為であり、気持ち良いことです。過剰に神聖視しなくて良いんです。……ということを、今から見て学びましょう」
「そ、そんな……。いや、心の準備というか」
「それに。エルルは『姉ちゃん』なんですよ? ジンとの時に、初めてだとお互い慌てふためくつもりですか? それで上手く行かなくて変な雰囲気になって良いんですか?」
「!」
見るだけ。
見学。
何もしない。
「リードしないといけませんよ。『エル姉ちゃん』として」
「う……っ」
そうだ。
私は『姉ちゃん『』なのだ。彼より年上で。リードすべきで。受け入れてあげるべきで。
確かに、『いざ』の時に、私まで慌てたくは、ない。それは、まあ、確かに。
けれど。
その。他人の交尾なんて、覗いてしまって良いのだろうか。
ちょっと怖い。
「………………無理強いは、しませんが」
「……ルフ」
ルフには、全て伝えている。私が、オルスで強姦に遭ったことも。だから私が、セックスに対して恐怖と拒否反応を持つことも。そして、非現実的な神聖視をしてしまっていることも。
それを。この機会に、克服をしてはどうかと。提案してくれたのだ。いずれ必ず、私は交尾をするから。その時に、トラウマが呼び起こされては困るから。
まずは見学から。それも、友人だから安心だと。
「…………」
私は。
固まってしまった。
「……エルル」
ルフは、私のことを考えて、慮って、提案してくれたのだ。期待してくれているのだ。
それは分かっている。
いずれ、克服しなければならないこと。そんなの。
分かっているのよ。
「………………ごめんなさい。私……」
「良いのです。少し、話が急過ぎましたね」
怖くなった。今。いざ。さあこれから目の前で交尾をするのだと考えたら。急に。頭ではいつも考えているのに。実体験がやってくると思ったら、動けなくなった。
私は交尾が怖い。
誰しもが行っていることなのに。自然界ではどんな生物も行っていることなのに。その結果で、私が生まれてきたというのに。
もう4年経つのに。何も進んでいない。克服できていない。できるようになったのは、男性との会話だけ。私はこの4年間、ジン以外の男性と触れ合ってすらいない。
彼と今、再会したら。例えば彼がもっと男性的に逞しくなっていたら。そして、そんな彼に性愛を向けられたら。
彼に対しても恐怖を感じてしまうのだろうか。
それが何よりも怖い。




