第131話 焦る魔術師の娘
魔法とは、世界の理を歪めること。大気……世界に満ちる魔素を取り込み、世界に干渉できる魔力へと体内で変換して。様々な事象を発生させる。
万能因子、『魔力』。それらが世界へ与える影響はきちんとメカニズムがある。法則がある。『こうすればこうなる』というものがある。
だから『魔法』。世界の理を乱す『魔』と。その『法』則のことを言う。
「ドラゴニュートの雷魔法ですか」
私は今日も火の玉飛ばしの練習。その休憩中に、近くで別の修行をしているルフに訊いてみた。そう言えば分からないままにしていたと思って。
「ええ。手からこう……光の線を出していたわ。その通り道に居たデザートドラゴンが一瞬で焦げて死んだのよ」
ユラスの魔法のことだ。
正直、雷魔法自体のことが分からない。だから興味がある。私がオルス巨大森で詳しく習ったのは風と水の魔法のみ。後は生活に必須な簡単な火と土の魔法くらい。それも、種火に着火する程度だったり、応急で椅子や食器を作ったりする程度だ。
今は火の魔法をここで訓練しているけれど。いずれはもっと色んな種類の魔法を使えるようになりたい。
「そこまで複雑になると、恐らくそれは魔術ですね」
「魔術……」
初めて見た。あれが魔術なのか。
魔術とは、魔の法則を理解し操る技術のことだ。
私はまだ、魔法として単純な現象を起こすだけに過ぎない。それにも技術は要るけれど、魔術の比じゃない。
「魔界ではあまり区別していませんが、ニンゲン界では色々と言葉を使って定義付けをしますから。……魔術師というのは、ほんのひと握りです。魔法の達人と言えるでしょう」
「私の母は『大魔法使い』よね?」
「はい。エルフィナ様は……オルス側の『境界の要』です。ニンゲン界側の魔術師のひとりですね。魔術師というのは専門用語なので、メディアなどでは大魔法使いと呼ばれているのです。それでなくとも、エルフィナ様は魔術を使わずとも、『魔法『』だけで強力無比だという噂ですが」
「…………境界の要」
「四大大陸は、その全てが魔界へと繋がっています。……オルスは平和憲法のお陰で魔界から侵攻されないのではありません。エルフィナ様が居るから容易に手出しできないのです。……オルス政府と水面下で、そのような話が付いています。……見捨てられた土地だとしても、『亜人』に巨大森をただで与えるほど政府も馬鹿ではありません」
「…………武力による抑止力。……私の母が」
「一応、大別すれば私達も『ニンゲン界側』ですからね。ニンゲンも、ニンゲンと差別問題で争っている亜人達も、お互い『魔界の魔族』という共通の敵が居ます。いざ、魔界がニンゲン界へ侵攻してきた際。私達は否が応でも手を取り合わなければならない。……ニンゲンから100年虐げられてきたエルフィナ様のこの決断にはどれほどの覚悟があったのか」
「…………」
考える。
母が巨大森の女王となったのは約17年前。
それ以前は、100年間、魔封具に繋がれて娼婦として強制労働させられていた。100年間、魔法を使う機会なんて無かった筈。
じゃあ、それ以前だ。祖母や祖父がまだ生きていた頃。ニンゲンの戦争で焼ける前の巨大森の頃。20代の頃の母だ。その時既に、魔術師だったのだ。私がその頃の母の年齢になるまで、あと10年。
「戦前は祖母と母が。戦後100年は占領軍が。そしてまた、母がオルスを守っているのね」
「エルルからすれば、複雑でしょうが」
「良いのよ。母のことだもの」
あれから魔力も上がったけれど。今なお比べてみても、母の魔力は絶大だった。
早く追い付かないと。少しだけ、焦りが生まれた。




