第13話 千差万別の主観と人間関係
好き。嫌い。ちょっと好き。割と嫌い。
人と人が出会えば、『人間関係』が始まる。会う時間が増えれば、相手のことを知っていく。どんな食べ物が好きか。私と居ない時は何をしているか。夢はあるか。『つがい』は居るのか。
きっとそれは、切っても切れないもので。『つがい』――夫婦であろうと、一生気に掛けるべきことなんだ。
夫婦仲が険悪だと、雛――子への悪影響はどれほどなのだろう。
《《父親》》が居ない環境で育つ私は。居る環境の子供と比べてどう違ってくるのだろう。
「オトコは仕事でしょ? その間、家事と子育ては妻。で、夜になったらオトコが帰ってくる。そしたら家事と子育て、手伝ってくれると思うじゃん。違うの。疲れたとか言って。ぐうたらして。妻はそんなオトコの世話までしなくちゃいけない。奴隷よこんなの」
今日も陽射しが強い。外へ出る時は、風や水の魔法を駆使して自身と周囲の温度を下げながら歩かなければ、私には辛い。
巨大樹の麓まで降りると、根から伸びている巨大な葉っぱを日除けにして、大人のエルフが3人の子供達に《《教育》》を行っていた。
「ドレイ、やだ! サイアク〜!」
「でしょう? オトコなんて――……あっ。姫様! 失礼いたしました」
「あー! ヒメサマ!」
若いエルフだ。恐らく30代。子供達は、私よりいくつか小さい。私を見付けると、全員が頭を下げて膝を付いた。
よく、教育がされている。こんな小さな子達まで。
「……夫婦仲の良い、幸せな家庭は森の外には無いの?」
「は……。いえ、そんなことはありませんが……」
当然だろう。でなければ、子供は生まれてこない。この森の思想の行き着く先は、ヒト種の絶滅なのではないだろうか。
オスとメスを思想から分断すればいずれそうなる。この子らも成長して、同じことを次世代へ教育する筈だ。
それを良しとする感覚は、まだ私には分からない。このエルフには何か強い信念があるのだろうか。
魔力は、激しく揺らいでいる。私の登場と言葉に動揺しているのだ。何か、隠し事がある気がする。
「この子達は、あなたの子?」
「いえ……。ひとりはそうですが、あのふたりはその友達です」
3人の娘達は葉っぱの屋根の下で、蔓を使った糸遊びを楽しそうに始めた。この森の子供がよくやる遊びだ。私は姫という理由で、禁じられていたけれど。
「そう。じゃああなたにも、夫は居た筈ね」
「……いえ。あの子の父親なら居ますが、私は結婚をしていません。……このような汚い身の上話を、姫様のお耳に入れたくはありません。お許しください」
「大変だったのね」
「……!」
私がそう言うと。彼女の魔力はさらに乱れた。私と目を合わせて、涙を浮かべて。皺を寄せて。
「私ももう11。もっと森のこと、住まう人のこと。知りたいのよ。私はエルフの姫だから。まずはあなたの話を、聞かせてくれないかしら。その男性とは、何があったの?」
「姫様……!」
出会った男性全てとの人間関係が悪ければ、世界の男性全てを嫌ってしまうのも頷ける。だがそれを、無垢な子供達にも伝えようとするというのは、子供達にとって悪影響なのではないだろうか。自分のした失敗を、子供達には未然に防いで欲しい、という意図なのは察するけれど。幸せな夫婦が居ることが事実であり、それを理解しているならば。その可能性は子供達にも当然にある筈で。彼女の教育はその幸せな未来の可能性を潰すかもしれない行為なのではないだろうか。
たった数分だったけれど、私とヒューイの人間関係は悪くなかったように思う。私は興味津々だったし、彼は私を賢いと褒めてくれた。
夫婦でない男女でも良い人間関係を築けるのだ。ならば愛し合っている筈の彼女ら夫婦が、どうしてここまで憎み合うことになるのか。ルフと言っていることは同じなのに、奴隷が逆転している。
喜ぶ奴隷は夫の方ではなかったのか。
知りたい。
知らなければ、私の気が済まない。