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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第6章:魔の道を往く姫君
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第127話 敗戦の実害を被る炎

「良いですか姫様。火というのは物ではなく、現象です。燃焼と言います。火があれば必ず何かが燃えているのです。つまり炎系の魔法とは、火を出すのではなく、何かに着火することが本質です」


 ボッ。


 普段何気なく使っている、火の魔法。灯りに、暖に、調理に。人の生活にはもう欠かせなくなってしまった文明の利器。それが火だ。古の昔から、魔法使いはこれを簡単に使ったきた。


 手の平の上で、火の玉を作る。これは大気中の塵などに着火しているのだ。すぐに燃え尽きて消える。持続性は無い。


「さて。火は、あらゆる生物の弱点です。何もかもが焼けて死にます。これができればもう、基本的にはそれ以上の攻撃力は過剰であり不要です」


 風が舞い上がる。砂埃が立つ。

 手の平の火の玉を、その風に乗せて前方へ放つ。球技のボールを投げるように。


 20メートル先に立っている、土魔法でできた岩のような的に向かって、放物線を描いて。


 約1秒後。

 ドカン。命中して、弾けた。


「お見事です。それが、火と風の複合魔法。砂漠のエルフの基本攻撃魔法。これを自在に当てられるようになれば一人前。初級の魔法。……火の玉飛ばし(ファイアボールブロウ)です」

「……基本」


 あれは、当たったら死ぬ。間違いない。


「ええ。まずは基本から、お教えいたします」

「お願い。攻撃魔法は、森では教わらなかったから」


 当たったら死ぬ攻撃力が、必須であり基本。






◆◆◆






 ウラクト王国から出て、レドアン大陸を縦断する。南下していくと、砂海ほど細かくはないけれど、見渡す限りの砂の世界がやってくる。


 『大砂漠』。


 その中のどこかに、褐色の肌をしたエルフの集落がある。伝説だ。砂漠のエルフ。

 私達は運良くそこに辿り着いて、勉強をしている。教えて貰っている。


 砂漠のエルフの、知恵と技術を。


「森のエルフは、火を使って戦闘をすると森に燃え広がっていけませんから。恐らくは弓矢を練習したのではないですか? 矢を風魔法に乗せて早く敵を射つのです」


 この、私に攻撃魔法を教えてくれているのは女性のエルフだ。この里の里長の娘で、歳は57歳。……まあ外見は20代なのだけど。ちりちりの銀髪をひとつ結びにした、大人の女性のエルフ。服装も森や草原のエルフとは違う。砂と風を除けるためのフードマントが基本らしい。


「いいえ。弓も習わなかったわ」

「…………そうですか。ああ、巨大森はオルスですから。あそこは敗戦後に『平和憲法』を無理矢理作らされましたから、大陸に住む他の小国や他の亜人達も従わざるをえず、弓術を放棄したのですね」

「…………平和憲法」

「要約すると、『今後一切武装せず、次に攻め込まれたら大人しく蹂躙され滅びます。そうならないよう必死にあなた達に媚びます』……ということを世界に対して約束した憲法です」

「……本当に、やりたい放題されるのね。敗戦国って」

「ええ。しかも、一部の活動家はこの屈辱の憲法を、『戦争を起こさせない完全な平和装置』か何かと勘違いしています。生命と財産を守るのは武力だという『生物としての大原則』を、あろうことか進化した筈の霊長類が分からないという異常事態。……『思想』とは危険なものです。我々も、ニンゲンの誤ちを研究して細心の注意を払って使っています」

「…………武力」

「姫様はご自身を守るために今、私達から武力を教わっています。これが揺るがぬ事実であり証拠です」


 そうだ。

 価値観の違う相手は必ず居る。話し合いでも収まらない。完全に決裂する相手は居る。衝突する。その時。死にたくないなら勝たなければならない。そのための力が必要だ。


「…………そうね。少なくとも今の私には、絶対に必要なものだわ」


 他の大陸の森で育ったら8歳でも使えるという『エルフの弓』を、私は知らない。オルスの平和憲法のせいで、実際に今、私に実害が出ている。


 母は、どうなのだろうか。

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