第125話 人間関係に直結する言葉選び
「ルフも、もう私に敬語なんて要らないのに」
「伝え方というのは、とても大事なのです」
「どういうこと?」
「同じことを言うのでも、言葉選びや様々な状況によって、受け取り方が違ってきます。例えば、私がエルルに『水をください』と言ったとしましょう」
「はーい」
殆ど反射でカップをルフの口に持っていく。
「……ごく。いえ、例えば、です。ですがありがとうございます」
「あ。……ええ」
素直に飲んでくれたルフ。
「ここで、私が『水を持って来い』『私は腕が使えないのだから当然だろう』。……こういう風に伝えると、エルルは嫌な気持ちになるでしょう」
「そうかしら」
「………………」
睨まれた。
こういう場合は、一般的を考えるのだ。そして、肯定しなければ話が続かない。ルフが伝えたいことは、この会話の後ろにあるのだから。
「……まあそうね。びっくりはすると思うわ」
「これから行く先々で、ふたりの関係は悪化していくと思いませんか」
「……ええっと」
「私達は今、お互いに支え合っています。そして、その度、お互いに感謝をきちんと伝えています」
「ええ。勿論よ」
「その感謝が無くなるのです。支えられて当然だと思うのです」
「…………」
想像する。
ルフの『ありがとうございます』がもう聞けない。私も言わない。
「嫌ね。そんなの。何故かは、言葉にできないけれど」
「同じ『水が欲しい』。なのに、言葉が少し違うだけで人間関係が壊れます。旅は続かず、やがて終わる。……伝え方とは、それ程までに大事なのです」
「そうね。その通りだわ。ずっとルフと仲良くいたいもの」
「そして、その気持ちは一方が持っているだけでもいけません。双方、お互いに思いやらねば成立しないのです」
「ええ。いつもありがとう。ルフ」
「…………はい」
真正面から感謝を伝える。恥ずかしいけれど大事なことだ。あと、恥ずかしがるルフを見るのも好き。
「だから、私はエルルに敬語を使わせてください。距離が遠いのではないのです。私達はこれが、最善だと思っています。私はエルルに対して敬語を外すことで、無意識にエルルへの敬意が、今より薄れてしまうことが恐ろしいのです。エルルはどうですか?」
「…………そうね」
そうだ。
無理にお願いすることでもない。これで上手くいっている。
「ルフがそうしたいのなら、そうした方が良いわね。ごめんなさいね。何度か、お願いしちゃったわね」
「いえ。そういう、エルルの素直な所が好きですよ」
「…………嬉しいわ」
好きと。
言い合う、確かめ合うことも重要じゃないだろうか。言わずとも分かっている、とは言え。
やっぱり言われて嬉しいから。
「エルルはまだ少し、精神が幼いかもしれませんね」
「そうなの?」
「勿論、頭は大人顔負けの論理的で現実的で、聡明で強い女性です。けれどまだ、心は。思春期前の少女のような気がします。……恥じらいのない好きの連呼も」
「…………思春期。来るのかしら、私に」
「心配しなくても来ますよ。個人差がありますから、少し遅いだけでしょう」
「……私、ルフに嫌なことを言ってしまうようになるの?」
「それは分かりません。けれど、今日ここで気持ちを確かめ合ったでしょう。私はそれを信じます。エルルがどんなになっても変わりません。思春期、反抗期というのはいずれ通り過ぎて、落ち着くのです」
「…………今の内に沢山言っておくわ。好きよルフ。早くジンと、3人で一緒になりましょうね」
「…………はい。私も楽しみです」
この2ヶ月は、ルフと沢山、ゆっくりとお話できる機会でもあった。
思春期。反抗期。
もう既に、母に反抗して今ここに居る。父は、そもそも服従していたことが無い。
ならば。
私にこれから来るのは性愛の目覚めだけではないだろうか。
もしルフに対して何か思うようになっても。
この頭で。冷静に対処してみせる。




